金曜の夜に友人と酒をのみながら、本当に疲れたなあと思った。この週末は疲れをとることに専念しようと思った。土曜は朝6:30からのラントレであったが、すぐに息が切れてアップのジョグに一人だけついていけない。あっという間に全身汗びっしょりで、自分でも驚くほど。次いでのスイムは身体を冷やしたおかげか、多少なりともアップができたおかげか、まあ、こなすことはできたものの、相変わらずの意気消沈。
ママチャリで帰宅の道すがらで雨、またたく間に雨脚が強くなり、逃げるように家に駆け込めば、まるでタイミングを合わせたような豪雨。その後も降ったりやんだりの不安定な天候。早々に食事をすませると、ともかく寝ることに決めて文庫本数冊を片手に横になり、雨音を聞きながらうとうとと寝たり醒めたりで一日を過ごす。
年に数回、疲れてただただ眠る日が訪れる。すると翌日はかなり回復する。私の貴重な癒しの日であるが、この土曜日がその日であったようだ。特に夏休みもなかったので、この日を夏やすみと考えよう。
十分な睡眠を得て、それでも日曜に起きたのは8時過ぎ。ともかくよく眠れる。
今日は亡き妻の命日。仏壇を掃除して花を飾りお線香をあげる。位牌をふきながら後ろをみると享年55歳と刻印されている。同い歳なのでそのとき私も55歳である。
妻が第一回目の胃がんの手術をうけたのが2001年3月6日で49歳であった。そして命日が6年後の2007年9月2日で55歳。今年で没後5年となる。こう振り返ってみると私の50歳代というのは妻との闘病の日々であったなあとの思いにいたる。
亡くなってから5年という受けとめかたもあるが、私としては手術から11年という気持が強い。亡くなるまではがんという病気をともにし、亡くなってからは記憶に残された存在感とともに生きてきたというほうが実感に近い。
このように書くと、亡くなった妻にいまだにひきづられている印象を与えるかもしれないが、当人としてはそうした意識はなく、59歳からの独り身の暮らしをいたって前向きに生きているつもりである。「いやあ、身のほど知らずにトライアスロンなんかはじめて、いいお仲間もたくさんできて、元気にやっていますよ」というのが偽りのない現状報告である。
一人で生きていくライフスタイルを作りたくて始めたトライアスロンである。かっこをつけるようだが、獲物を求めて一人放浪する老いた狩人のように生きていきたいと望んでいる。でも命日ともなると、今日までともに生きてきたような思いにとらわれるようで、我ながら不思議である。今日だけは、そんな感慨に身を任せている。
部屋の掃除もすませ、洗濯物にアイロンをかけ、走りに出かける。とても気持ちよく1時間の江戸川ラン。ラスト20分はスピードアップのフォームも身になじんで爽快ですらあった。フォームのポイントは手。手首の力を抜き、体の前で振るように意識すると、身体が前のめりになってリズムができスピードがアップする。これは昨日タップリ休んだおかげである。土曜日に意気消沈した気分が大いに回復する。
シャワーを浴びて冷麦をゆでて夕食。佐渡トライアスロンに出場した仲間たちの完走報告がFACEBOOKで行きかっている。最近お会いしていない方々も多い。皆なすごいなあ。励まされもするが、自分にはとてもとてもというのも正直なところで、さて、仲間の活躍をどのように受け止めようかといった気分もはたらく。
そんな気分のときは、自分のことはともかく、まずは祝福しよう。すばらしいじゃないか。
おめでとう 夏の終わりの ナイスレース
亡き妻を 呼び出している 夏の暮れ
今日は夏の終わりのスケッチとなった。
明日からはまた、老いた狩人のように、仕事に精を出そう。
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