1月25日~2月1日 医療フォーラムの開催 7泊
3月11日~3月13日 病院開設プロジェクトの予備打ち合わせ 2泊
3月22日~3月26日 さくら祭りでの投資フォーラムの開催 4泊
4月2日~4月5日 病院開設プロジェクトのスタート 3泊
一般社団法人国際医療健康交流機構の事務局長としての仕事である。
行っている間は自分の時間はない。行くとなればいろいろと準備はある。帰れば報告のまとめがある。徹夜まではしていないが、睡眠時間が削られる。仕事は人間利害関係の坩堝をかき回すようなもので、さすがにストレスが増えて酒量も増える。
こうした日常は30歳代の非力一所懸命の日々を思い起こさせ、この年齢になって、こんな事態に直面するとは、まったく考えてもいなかった。人生はわからない。今年は何回ハノイに行くことになるのやら。
トレーニングは遠のくばかり。なんとか土曜日のATAのトレーニングだけは参加したいのだが、これも振り返ると、4月7日休み、3月31日参加、3月24日休み、3月17日参加、3月10日休みといった具合で、ようやくの隔週参加。これ以外のトレーニングはまったくやっていない。
今後を予測すると、この仕事のほかにも、2019年のラグビーワールドカップを応援する「スポーツバディ」プロジェクト、2020年に福島の復興を世界に示す「2020MICE」プロジェクトがあって、今週の打ち合わせで両プロジェクトの確かな手ごたえを得ることになった。
そんな今後への予想展望が見えてきて、今週末はようやく仕事が一段落して、今朝はATAのトレーニングに行き、こうしてブログに向かっている。その喜びに浸っている。
今日のメニューはスイムとバイクだが、スイムだけ参加し、そのあとは一人ジムに行ってスピニングバイク15分、マシンで筋肉に刺激を入れ、ゆっくりとストレッチで1時間。
泳ぐ前は不安であったが、身体は動いてくれた。練習メニューのあと、ユックリと300メートルを泳いだ。身体の細胞が息づいている実感に身を浸して大きく息を吐きだした。体重増加も1.5キロほどで安堵。
そしていま言葉を探しながら、一人頭を巡らす時を楽しんでいる。
書く楽しみのなかには思考の思いもよらない転換がある。
『現代を特徴づけていること凡ての中で、一つ私が好感を持っていることがある。それはスポーツである。・・・・一言にして言えば、スポーツとは、人間の諸性能の分析とその組織的な刺激とを基礎として、人間をある典型に向かって発達せしめて行く、正真正銘の行為の倫理学である』(中公文庫「精神の政治学」ポール・ヴァレリー 吉田健一訳)。
この本は今の私の枕頭の書であり、手元において、パラパラと、何回も読み返しているのだが、いま突然に、この一文に頭がジャンプした。私がトライアスロンとブログとを不可分のものとして楽しんでいることそのものが、的確に示されていると感じている。
この年齢で目が回るほどに忙しく仕事に向きあっているのは、ありがたいことだ。まずその思いがあって、今日は久々の「一人楽しむとき」があって、67歳という年齢を自覚しつつ、今後を考えてみる。「今後」とは人生の行く末、仕事の展望、トライアスロンを混ぜたもので、「さて、どうするか」と心のあり方を決める。
2020年までは躊躇うことなく、怯むことなく、大股で道の真ん中を歩いていく。
まずこれを基本的な態度としよう、と言い聞かせる。
波乱、混乱、非難中傷、向こう傷は避けられないだろうが、覚悟して、バタバタしない。遠くに流れる雲を見つつ、微笑みを忘れず、休まず歩いていけば、いささかの価値は残せるかと期待する。
トライアスロンは、物理的にどこまで時間がとれるかが、わからない。だから予定を作らないというわけにはいかない。スポーツとは必然的に「計画」を含む倫理学なのだよ。そうだなあ。5月の幕張スプリント、9月の99里、昨年に行った11月の奄美大島合宿、1月のグアム、来年のセントレア出場をポイントにおいてみよう。年齢からして、来年あたりはセントレアリベンジの最後のチャンスかもしれない。
グアムより 友よ来たりて 花語る
とむさんは、グアムのトライアスリートで、このブログをとおしてトラ友としての縁をいただいた。帰国の折にお会いしてグアムのトラライフをお聞きした。写真はその折のもの。俺の顔はひどいなあ。1月にはスプリント大会があるそうだ。行ってみたい。どなたか、ご一緒しませんか。
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