大会初参加翌朝の心境 来年も出てみよう!

フロストバイト参加の翌朝。
今朝の起床は7時。4時半に一旦目が覚めたが、気持ちよく二度寝をして再びすっきりと目を覚ます。寝床で脈を測ると60。結構です。床を出る前に気になったのが身体の痛みだが、起き上がってみると、左の腰のあたりに多少の違和感はあるが、ほとんど痛みはない。気になっていた喉の痛みと鼻水も状態がよくなっている。
爽快であり、気持ちよく朝食にお茶漬けを一杯。おいしい。
昨日を振り返ると、足の指が痛くなったのは、やはり走り方の問題で、ペタペタと走るので、指を地面に打ち付ける感じとなる。後半足が痛く、すり足気味に走ってみると痛みが和らいだ。また、そうすると姿勢を意識し、腹筋に力を入れて身体の軸を守り、腰の回転力で足を前に運ぶ感覚があり、私なりに、よく言われる「体幹」の重要性を確かめることにもなった。
マラソンまでいく気はない、という心境は昨夜と変わらないが、今後フォームを改善して来年も走ってその成果を確かめてみたいと思った。単に今年よりいい記録といったものではない。今回の参加で気のついたことを1年かけて自分のものにしたらどうなるのかを知りたい、新しい自分に出会ってみたいという気持ちだね。
ちょうど読み終えたばかりの本に、今の私の気持ちを言い当てたような一節がある。
『日本の風土に欠けていたのは何なのでしょうか。一言でいえば「幸福」の観念-無償の喜びの感覚でしょう。あるいは「生きる」という単純なことに向き合う無垢な姿勢といっていいかもしれません。幸福とは過ぎ去るものであり、幸福であるためには、たえず幸福であるように生きなければなりません。所有物がなくなるという意味で幸福は過ぎ去るのではなく、幸福とはもともと生きることによって私たちが作ってゆくものなのです。生きることを喜ぶ気持ちがなければ幸福も何もありません。』(「手紙、栞を添えて 辻邦生・水村美苗 ちくま文庫」 引用は辻の一節)
もはや、日々を夢中で生きる若き年月は過ぎ去った。無垢に生きて幸福を味わうには何らかの意識的な操作が必要となる。しかもその操作は持続的でなくてはならない。さらに生きることを喜ぶ気持ちには「気持ちのよい汗」が何よりだ。
幸いにも、私にはトライアスロンが無垢に生きるための隘路となっているようだ。
冬の朝 窓開け放ち 冷気浴び
すこしだけ 前に踏み出す 冬の道
もちろん仕事も、そのような気持ちで、続けていきたいと願う。

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