投稿者: iwasakihiroshi

  • 成都は緑の街であった。青葉にこの地の文化を感じた。

    成都は緑の街であった。青葉にこの地の文化を感じた。

     椎間板ヘルニアでペインクリニックに駆け込んだのが4月14日。以来、4月の15日、22日に泳いだほかは、練習していない。

    成都への出張にあたって心配だったのはヘルニアの痛みで、出発日の前日にペインクリニックでブロック注射を打ってもらった。成都に滞在したのは正味で3日間。1日目は学会の出席と四川がんセンターでの会議、病院視察。2日目と3日目は観光になった。両日とも実によく歩いたのだが、その間は幸いにも痛みを意識することはなかった。夜ベッドに入ると静かな痛みを感じたが、眠りを妨げられるほどではなかった。
    帰国後3日目。走りにでかけたが、100メートルも走ると腰に痛みを感じ、膝に力が入らず、走ったり歩いたりでわずか3キロでギブアップした。
    そして昨日はようやく1キロをつづけて走ることができた。約1か月ぶりのランで、これをスタートに回復に努めたい。
    さて、成都報告の第2回。成都で驚いたのは「緑が多い」こと。道は広いのだが、街路樹がしっかりと整備されている。高層マンションの周囲も植栽がほどこされている。博物館の庭の植木も見事なものだ。高速道路ですら中央分離帯に緑がある。これだけの緑を維持するにはさぞかし大変であろう。こうした光景は北京や上海ではみられなかった。
    これもこの地の文化だな。
    文化と言えば、杜甫草堂博物館は興味深かった。
    杜甫といえば「国破れて山河あり」ぐらいは思いだすが、そこまで。
    wikiによると「乾元2年(759年)、杜甫は安史の乱のせいで、成都への流亡を余儀なくされた。そこで親友である厳武の援助を得て、浣花渓の近くに茅葺の小屋を建てた。杜甫はそこで4年間の生活を送った。『茅屋為秋風所破歌』『蜀相』などの名作も、杜甫がこの成都滞在中に作ったものである」という。
    この博物館の見ものの第一は庭のすばらしさ。中国風の庭を楽しんだ。加えて杜甫ばかりでなく、白楽天など、中国の誇る詩人たちの業績を称える施設になっていること。当方その方面の素養がないため、充分に味わうことはできなかったが、中国が詩人たちをいかに誇りにしているのかを理解した。
    あるいは、いま、中国は「自らの誇り」の開拓と創造に力を注いでいることを強く感じた。そこに国の若さを感じ、いささかの刺激を受けた。
    五月晴れ 成都にて もの思う

    基本的には痛みはペインクリニックでコントロールしながら、ストレッチと筋トレなどで、回復に努めていくことになる。6月18日に幕張チャレンジトライアスロンに申し込んでいる。今日を再スタートとして、18日に向けて回復と身体づくりに励んでいこう。なによりも日々のつみ重ね。不安もあるが、着実にやっていきたい。
    写真は成都の緑、杜甫草堂博物館。
    成都報告はもう1回。テーマは成都の中産層雑感。

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  • 中国四川省成都レポート~その1 これがいまの中国なのか!!

    中国四川省成都レポート~その1 これがいまの中国なのか!!

    中国四川省の州都成都市に来ている。ここで4月26日~27日の日程で、四川省腫瘤医院が主催するがん会議で講演する日中医学協会理事安達勇先生に同行しての訪問で、国際医療健康機構事務局長として初の海外出張となった。
    そこでトライアスロンとは関係ないが、成都の旅行印象記をお届けしたい。
    成都までは1日1便ANAの直行便がある。飛行時間は約5時間で、日本との時差は1時間。ネットで調べると、成都は定住人口1,400万人を超える大都市で、北京を除いて内陸部では最大都市。ちなみ四川省腫瘤病院の先生によると、四川省の人口は1億人を超えるとのことで、人口規模からいえば、四川省は日本に、成都は東京に匹敵する。
    これまで中国本土は、北京が家族旅行で1回、上海はすべて仕事で3回だが、その経験から比較すると、北京と上海は国際都市であるが、成都はドメスティックな大都会であり、それだけにナマの中国に触れる感覚がある。
    宿泊したのは、九天国際酒店というホテルで、会議はこのホテルのコンベンションホールで開催されたため、便はいいのだが、このホテルが実にドメスティックなのだ。
    まず、フロントにまともに英語が通じるスタッフがいない。もちろん食堂にもいない。テレビもほぼほぼ中国番組で、それ以外はCNNがあった。北京、上海の国際ホテルでは日本語番組も当然だが、ここでは見つけられず。よってテレビはまったくつけていない。
    朝食は四川料理で、お粥と多種多様な野菜料理、小籠包。何故か温めたミルクとヨーグルトがある。フレッシュオレンジジュースやクロワッサンはなし。そして紅茶はあるがコーヒーはない。
    バーはなし、自販機もなく、ビールが欲しくて喫茶サロンのおにいちゃんに「BEER」「B E E R」と言ったらボールペンを出してきた。「それは違う」と否定する言葉が見当たらず、手を左右に振って立ち去る。英語が通じないとはこういうことなのだ。よってアルコール抜きの健全な滞在となっており、これはこれで気持ちがいい。
    昨夜、ホテルの出入り口で日本人とおぼしきおじさんとすれ違ったが、見るから酔ったおじさんは「ああ、日本人と出会った」と叫んでおった。
    どんな田舎かかと思えば、4車線の道路は激しい交通ラッシュで活気に満ちている。しかも高額の車が多い。SUVが人気で、駐車場ではポルシェ、メルセデス、アウディ、レクサスのSUVが当たり前にゴロゴロ並んでいる。日本では見られない光景だ。コンドミニアムの建設ラッシュで、高層ビルが立ち並ぶ。道路沿いには飲食店が軒を連ねているが、おしゃれなアパレルショップはなかなか目にしない。ララランドの看板も見ない。人々の服装は、まあユニクロレベルと言えばよいか。ただし、ユニクロは出店していないそうだ。

    そして、これは成都に限ったことではないが、googleとFacebookはつながらない。よってgmailがベースでmessengerをサブで使っている私は大打撃である。日本を出る前に中国でつながるルーターをレンタルしたので、iPadでのメール、そしてガラケーはOKだが、iPadが遅いんだ、これが。気晴らしに音楽でもと思ったが、youtubeがつながらない。仕方なくパソコンでyahooニュースを見て世界とつながった安心感を得ている。
    2日目は成都市から車で約2時間の観光地にでかけた。岩に彫られた巨大な仏像と寺院、緑豊かな山と川の流れが観光の目玉で、観光客で大にぎわいであったが、みんな中国人。ガイドはそれぞれ携帯スピーカーをもち、自分の客に大声で説明する。混みあって2メートル四方以内に3人のガイドがそれぞれ大声を競っても、だれも気にとめるわけでもなく、トラブルもなく、人々は流れていく。川沿いの公園では、女性も交えて多くの人々が麻雀とガードゲームに興じている。これが金曜15時の光景、

    どうも、それぞれが周囲に無関心で、しごく当たり前にそれぞれなのだ。
    「なるほど、これが今の中国なのか」と勝手に一人納得する。
    目に青葉 山は人波 成都旅行
    トライアスロンとは関係ありませんが、成都旅行を続けます。

  • 66歳、椎間板ヘルニア発症から回復までの顛末です。

    66歳、椎間板ヘルニア発症から回復までの顛末です。

    4月5日

    昨年より腰の痛みがあって、年末年始には鍼灸に通い、それなりになだめた状態であったのだが、どこか痛みの芯が溶解していない感覚が残っていた。どこが痛いのかがはっきりとはしないのだが、身体を動かすと違和感がある。
    それが今日、痛みの場所がわかった。普通にまっすぐ立って左右の膝を交互にあげる動作をしていたら、右の膝をあげた折に腰に痛みが走った。膝をあげる動きを大きくすると、それに合わせて痛みが増していく。場所もピンポイントではっきりとし、その部分を指で押してみると「確かにここだ」の感触があった。さて、だからどうするのか、また鍼灸に行くか、心定まらないのだが、とりあえずの安堵がある。
    4月11日
    それから1週間。安堵どころではなくなった。一昨日の夜、椎間板ヘルニアの痛みが急に発症した。「確かにここ」の痛みに加えて右足の付け根から膝がしびれて痛む。この痛みはなかなか耐え難い。一昨日は新宿御苑に花見にでかけて12,000歩を歩いた。私にとって負担となるものではないのだが、これが引鉄になったか。
    そして昨日。早く起きて風呂で身体を温め、雨の中福島出張へと向かった。家から南行徳駅までの20分の徒歩、満員の地下鉄、大手町駅から新幹線ホームまでの徒歩。足はなんとか動いてくれた。福島では1時間の打ち合わせ。仕事の緊張のためか、痛みを感じながらも無事終了。食事をすませ、行きつけの鍼灸院に予約を入れて帰途に。
    鍼灸院では身体をほぐしてだいぶ楽になり、回復への期待を胸に雨のなか帰宅したが、残念ながら右足のしびれと痛みがひどくなって、立っていられない。というより、どんな姿勢であっても痛くて痛くてのたうちまわる。これはいけない。
    次の手段はブロッキング注射だ。ネットで新小岩のペインクリニックを探し出して午後3時にWeb予約を入れる。明日は午前中に歯医者の予約をいれているのだ。ああ。
    4月12日
    結局昨日の夜は満足に眠ることができなかった。どんな姿勢をしていても右足が痛み、息をひそめて一夜をやり過ごすことになった。この痛みには忘れられない記憶がある。20年前椎間板ヘルニアで20日間入院したが、その記憶が全身によみがえってきた。その時と違うのは、もう私は66歳であるということ。どうしても弱気になってしまう。
    痛みがひどいので歯医者の予約をキャンセルして、一番に小岩のペインクリニックに。
    先生はかなりテキパキした対応で手慣れた印象であった。レントゲン写真と触診で、痛みの原因は椎間板ヘルニアと股関節にあることを特定。「明確でわかりやすい」とのこと。お尻の2箇所にピンポイントで神経ブロック注射。注射はモロそこに針を刺した感覚があって「きてますか?」「はいきてますよ~!!!」。あっというまに終わって車椅子にのせられ、ベッドに行って30分横になる。これで見事に痛み解消。期待どおりの結果となった。
    「3日ほどたつと痛みがまた出てくることがありますので、その時にまた来てください。痛まなければこれで結構です」で終了。帰宅し、昼食をとり、安堵の気持ちで昼寝をとった。
    夜はATA南行徳の仲間の「奄美大島合宿を呑みながら話し合う会」に参加すべく錦糸町へ。どうかと思ったが、シッカリと酒を呑んだ。
    4月13日
    昨夜はようやくユックリと眠り、目覚めても痛くない。本当にこれが何より。たまった仕事をすませて、昼前には1時間の散歩にもでかけられた。春の風と陽射しの気持ちいいこと。
    4月14日
    そして今朝、痛みがぶりかえしてくるのか、気になっているが、どうやらなだめているようだ。ぶりかえしてもまた小岩のペインクリニックに行けばよい。安心できる解決策をもっているのは心強い。今日もいい天気だ。
    ドアを開け 飛び込む春風 天眺め
    身体とともに、気分はだいぶ回復した。今回のことでの収穫は何よりも小岩の「かおるペインクリニック」http://www.kaoru-pc.jp/。痛くなったときの安心ができた。実は右の腕がしびれており、頸椎のヘルニアが原因と思う。こちらも行ってみるか。
    これからはリハビリを含む身体づくり。ストレッチングと筋力のトレーニングを強化していきたい。それを含んだ日々の時間割を考えていこう。

    歳を加えて生きていくにはそれなりの武器がいるのだ。そのことに改めて気づかされた今回のヘルニア体験であった。この思いを糧にしよう。
    写真は施術を受けたレントゲン室。クリニックのホームページからとりました。
    痛みの解決法として、ペインクリニックは有効な選択肢と思います。

  • 朋あり遠方より来る、また楽しからずや。とむさんありがとう。

    朋あり遠方より来る、また楽しからずや。とむさんありがとう。

    2017年4月2日日曜日

    昨日は新橋の行きつけの呑み屋で、このブログを通して知り合ったとむさん(愛称)と二人で歓談した。初対面であったのだが、打ち解けて楽しく呑んだ。「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」。話題はもちろんトライアスロンだが、老後の過ごし方から自然と子どものことにも広がっていった。
    とむさんとのいきさつをご紹介しよう。呑みながらの話しも混じっているので、記憶違いがあったら、とむさん、ごめんなさい。
    とむさんはお仕事の都合で長らくグアムにお住まい。スポーツに恵まれた地でバイクとランを楽しんでいたが、スイムを加えればトライアスロンになるということで、トライアスロンに関する情報をネットで集めているかなでこのブログに出会ったという。ありがたいことにブログを気に入っていただき、初回さらさかのぼってお読みいただき、トライアスロンを始めるにいたり、いまもご愛読いただき、コメントもお寄せいただいている。
    今回は人間ドックのために日本に来たついでに、お会いすることになった。
    とむさんは60歳(62歳でしたっけ?)。私が66歳なので「今後の参考」としてブログをお読みいただいているという。
    ありがたい。
    このブログはまさにとむさんのような読者を得ることを期待してスタートし、続けているもので、これ以上の歓びはない。まさに「朋」を見出した心境なのだ。
    4月7日日曜日引き続き
    話しは多方面に及んだが、初対面にもかかわらず、お互いに構えるところはまったくなく、すぐに打ち解けて「談論風発」。さて、それはどうしてだろう、と考えてみたくなった。
    もともと共通の趣味で出会ったのだから、話題には困らない。とむさんは私のブログの愛読者であり、私についての事前情報は十分であり、お互いの好意が前提であるなどが考えられるのだが、でもそうしたことだけで説明をまとめたくない気分が残ったのだ。
    まずあげておきたいのが、とむさんのお人柄。沖縄ご出身とのことで「朴訥な南の島男」の風貌でじつに好ましい。それは確かにすぐに打ち解けた原因とはなっているだろうが、話しがはずんだ理由にはならない。

    いま私が納得する最も大きな理由は「生きていくことに対する肯定的な感覚」であるかと思う。そのことを共有しているので安心して話題をだせる。意見を言える。この感覚は趣味趣向や価値観の以前にある、生きることへの基本的な態度と思う。だから話しのやりとりにしても「あれがよかった」「これが楽しい」「いいですね」「賛成」「うらやましい」ということになる。「あれが腹立つ」「これが悔しい」「いやだねえ」「そうは思わない」とは絶対にならない。そんな不快なやりとりをするぐらいなら、一人トレーニングにでかけよう、地球は楽しいぞ、ということなのだ。これは基本的な気質といえるかもしれない。
    そこで話を広げる。トライアスロンを楽しんでいる人がすべてそうというつもりはないが、トライアスロンには「肯定的な感覚」を沸き立たせる魅力があると思う。第一に記録を争わない。勝った負けたがない。満足は自足である。相手は地球であり、感謝しかない。トラブルはつきものでそこで怒っても仕方ない。謙虚に受け止めてトラブルに学ぶ楽しみを見出すのだ。
    私はトライアスロンの仲間にはそうした共通の感覚が根底にあるように思う。だからとむさんとの二人の時間が楽しかった。
    さらに話を広げれば、これは「スポーツとは何か」「スポーツをどのように楽しむか」を考える本質なのだ。昨日スーパーラグビーでサンウルブスがブルズを破って今季初勝利。いい試合だったが、試合後のブルズのキャプテンのコメントが印象に残った。「まず勝者をたたえ、次いで試合を的確に分析して仲間をねぎらい、観客に感謝する」であった。ラグビーを勝ち負けも含んで楽しんでいる。実に知的だ。
    春雨に 心さわがし コップ酒
    今年は無理だが、来年はグアムの大会に行きたいと伝えた。7月と10月に大会があるという。その準備を始めよう。グアムにはサッカーのカズをはじめ、多くのプロアスリートが合宿をしている。そんなグアムで遊び、スポーツアイランドグアムの今後の可能性を考えてみるのも、プランナー岩﨑としては楽しみだ。
    とむさんと呑んだのは私が行きつけの新橋の大衆呑み屋。
    写真はとむさんと。
    とむさん、これからのトライアスロンを楽しんでいきましょう。

  • 始めて9年にして、ようやく「泳げる」ようになったのかもしれない。

    始めて9年にして、ようやく「泳げる」ようになったのかもしれない。

    3月25日土曜日

    日一日と陽射しが輝きを増している。しかし今日の空気は冷たかった。こうした天気は苦手だなあ。明るい光に誘われて勇んで外に出ると、いきなり冷や水を浴びせられた気分になる。
    今日はスイムとバイクのトレーニング。日の明るさだけ見れば、バイクの気分満々となるのだが、風の冷たさを思うと気がなえてしまう。そんな状態で「よし行こう」と言いきかせ、すべての用意をして出かけようとおもったら、なんとヘルメットがない。見当たらない。仕方ない。バイクを諦め、スイムとジムに変更し、荷物を入れ替えて普通の自転車ででかけた。

    まずスイム。これがうまくいかなかった。100メートルを2分40秒×7本が回せない。1本目は2分30だが、2本目からタイムが落ちていく。これはいけないといろいろやってみるのだが、手ごたえなく、あがくように落ちていく。大いに意気消沈した。
    そこで1時間のトレーニングのあと、バイクは行かないので、スイムの自主練を続けた。特に何かの目的をもったわけではないが、意気消沈の気分をなだめたかったのだろう。そこで、ちょっとした、いや、私にとっては大きなことが起こったのだ。それをお伝えしたい。
    私のスイムの欠点。それはブレスをしたときに延ばしている手が落ちてしまうこと。私は左ブレスだが、左手を前に出そうとすると、右手が落ちてしまう。いや、正確に言えば、右手をかいてしまう。この状態を回避するにはキャッチアップクロールが有効で、これであれば、左手が「追いつく」まで、右手はのびた状態にある。これは問題なくできる。しかしだ。しかし、このキャッチアップクロールは楽しくないのだ。泳いでいるリズム感、躍動感が得られない。さて、どうしたものか。これがスイムの基本的な悩みであった。
    それが今日、完全にキャッチアップではなく、キャッチアップ気味でリズムをもって泳ぐ方法を会得できたのだ。リズムと躍動感をもって「キャッチアップ気味」に泳ぐことができたのだ。トライアスロンを初めてもう9年になる。9年目にしてようやく「クロールらしきもの」を手に入れた実感があった。大きな驚きであった。
    やってみればポイントは簡単で「リズム」である。私なりの(右手がおちてしまう)クロールのリズムはある。面白くはないがキャッチアップのリズムもある。しかし、その間のリズムがつかめなかったのだが、今日、つかむことができた。
    ポイントはブレスとキックのタイミング。そして大きなローリングでブレスを楽にする。これでなんとなくつかむことができて、25メートルを何回も繰りかえしてみた。感じはつかめたように思う。
    しかし、しかしだ。だからとって速くなったわけではない。
    まあ、それは次の楽しみとしよう。
    今日の驚きは、「続けていけば何かが起こる」ということ。
    トライアスロンを始めた9年前。レースまではいけなくとも、泳げるようになればいいだろうと思った。マラソンを走れることができれば、それでいいと思った。マラソンは5時間以内で走ることができるようになった。レースも伊是名ではハーフを完走できた。そしてどうやら泳げるようになったようだ。
    「続けていけば何かが起こる」。
    私にとって、これがトライアスロンの最も大きな楽しみだ。
    なにはなし プールであがいて 春来たり
    ヘルメットはジムに忘れていて保管されていた。
    始めたときから使っているので、これを機会に買おうと思っていたが、出てきたので、もう少し使ってみようか。
    3月26日日曜日
    今日は一日冷たい雨。終日友人の出す本の校閲に向かっていた。
    いま校閲済のゲラを宅配集荷で送った。
    明日の朝までには新規プロジェクトのコピーを書かなくてはならない。
    今日も泳ぎに行きたい気分は強いのだが明日にしよう。
    写真は出てきたヘルメット。
    消耗品なので、安全を考えれば買わないといけません。

  • 久しぶりのブログ更新。また先に向かっていこう。

    久しぶりのブログ更新。また先に向かっていこう。

    いけない。ブログの更新をだいぶサボってしまった。

    何回か、書き始めたのだが、どうにも先に進まず断念した。
    その原因の第一は、何を書くのか、どうもはっきりとしない。だいたいいつも何を書くのかはっきりしないままに書き始める。書いているうちに手ごたえを得るといいのだが、なかなかそうはいかない。今回もこうして書き始めているが、まだ何を書くのかはっきりしてない。
    原因の第二はやはり時間だな。ブログに向かう時間がとれなかった。いやいや、そんなに忙殺されていたわけではないのだが、こんなブログでも30分から1時間程度集中する時間が必要になる。なかなかタイミングがあわずに、ズルズルとここまできてしまった。
    原因の第三。これは最も本質的な原因である。実はこの1か月余りは、「心ここにあらず」の状態であった。仕事がらみのことであるのだが、そのことに時間をとられるのではないが、いつも頭から離れない。そうか、これだな。というわけで、ご無沙汰の原因がはっきりとした。これで気分はすっきりした。
    さて、今回のテーマは「身体の異変」。
    3週間前の土曜日の練習。メニューはバイク&ランのデュアスロンであったが、それ以降、なぜか両膝が筋肉痛になっている。痛くて正座ができない。膝を折ってもかかとがお尻につかない。
    バイクで膝を傷めたのは初めてである。これがどうも釈然としない。デュアスロンといっても走る距離は1キロぐらいであった。どうしてそれで筋肉痛になるのが、わからない。
    最近は医者に行くと「加齢ですね」と言われることが多い。そう言われてしまうとただただ笑うばかりなのだが、この膝の痛みも加齢であるのか。しかし3週間を経て痛みはだいぶ和らいできた。走っていても痛みが出ていたのだが、今日はなんとか2キロを走ることができた。
    次が歯。前歯の差し歯が抜けて治療中なのだが、左の下の歯が調子が悪い。硬いものを噛むと痛みが発する。硬いといっても朝のシリアルだ。これを噛み砕くと痛む。歯周病だ。そこで歯間ブラシを太めサイズにして、丁寧なブラッシング。磨くと痛みが走るのだが、そこを我慢して歯間ブラシでじっくりとこする。少しよくなったようだが、これも完全に加齢だ。

    再びさて、「心ここにあらず」の原因は終了した。加齢は進んでいるが、身体の異変は回復に向かっているようである。春も近い。あまり細かなことにとらわれず、どんなことにも一歩距離をおいて心とらわれず、カラリとした気分で毎日歩いていきたいと思っている。
    日がのびて 黄昏どきに 走りだす
    話題の映画ララランドを2回も観た。映画好きだが、続けて2回観たのは初めてではないか。それほどに好きだ。こうした映画を観ると、この世界に行きたかったなあと思う。この世界とは歌であり、ダンスであり、ショーであり、映画である。
    それはかなわぬ夢であるが、自分なりにその楽しみを養っていくことはできないかと考えている。
    写真はララランドのプロモーションからとりました。

  • 66歳誕生日。あと5年70歳までは「変身」をテーマに「自己教育」を楽しむ。

    66歳誕生日。あと5年70歳までは「変身」をテーマに「自己教育」を楽しむ。

    2月16日に66歳の誕生日を迎えた。故郷横浜でのさささやかな誕生会で高校時代の思い出話しをしたのだが、それが50年前のことに気づき、ちょっと驚いた。

    「50年といえば半世紀だぞ!!」
    当り前じゃないか。そのうえで
    「あと5年、70歳まではしっかりと生きていきたいなあ。そのあとはその時に考えるさ」
    というのが、私の66歳誕生日の感想となった。いまの仕事の状況と健康状態からすれば、あと5年は元気で働き、トライアスロンを楽しむことはできるだろう。この歳だから、いきなりガンの宣告をうけることもあろうが、あと5年というのは、ある程度のリアリティをもって眺めることができる。
    ただしこの話のポイントは「5年以上先はわからない」というところにある。仕事はどうなっているか。病気で入院していないか。心配事をあげればきりもないが、「先のことなどわからない」。66歳にもなって、こんなイロハのイの字を改めて実感するというのも情けないが「そのことを静かに受け入れよう」という話しとなった。
    ではこの5年間はどうなのか。どんな毎日をどんな心構えで過ごすのか。「しっかりと生きる」というのは具体的にどんなことなのか。
    そんなことに思いを巡らせている折、たまたまNHKBSの「人生100歳時代」というパネルディスカッション番組を観てなるほどと思った。
    100歳時代になれば、人は人生のなかで何回も「教育」を受けることになるという。これまで教育は主に5歳から22歳の間に集中的に行われ、60歳までは労働、それ以降は引退と考えられてきた。しかし100歳時代では、人は22歳以降、社会動向や周辺の変化に応じ、何回も「教育」と「労働」を繰り返すことになる。「教育」の内容も「労働」のありかたも、ということは何でお金を稼ぐのかも「変化していく」ことになるというわけだ。100歳を生きるための重要な能力として「変身」があげられていた。
    この「教育」は主に学校ではなく、インターネットによる「自己教育」として行われる。だから、この「自己教育」と「変身」は楽しいものでなくては続きはしないし身にならない。次の「労働」によりお金を稼ぐために楽しく「変身」への「自己教育」に挑むわけだ。
    この年齢で恒産を築き、憂いなく引退生活をおくる方もいるだろう。しかし60歳以降いかに長い間収入を得るか。これは好むと好まざるとにかかわらず「人生100歳時代の冷厳な現実」なのだ。私もまだまだ働いて稼がないとならない。
    となると、今後の5年は70歳以降の「労働」を支える「変身」への「自己教育」の期間となるわけだ。
    ここまで考えてきてちょっと心が落ち着いた。。
    「先のことが分からない」を受け入れても、今日何をすべきかがわからない状態では落ち着かない。暮しの軸が欲しい。毎朝「よしっ」といって朝日を浴びる気分が欲しい。
    ということで、この5年間は「変身」への「自己教育」を心構えとしよう。それで70歳となって「どうするか」を考えることにしよう。
    同じ仕事を続けても新たなスキル獲得を目指す。意図して若い人を仕事に巻き込む。チームでの自分の立ち位置を変えてみる。そして身体づくり。思いつくのはそうしたことだ。それらはすべて楽しみでなくてはいけない。
    100歳まで生きるとも考えてはいないが、70歳にどうなっているのか、楽しみとなった。けっこうじゃないか。楽しく生きるにはいろんな工夫がいるのだ。
    さて、ようやくここで、話はトライアスロンとなる。トライアスロンによる「変身」への「自己教育」とは何か。身体づくり(柔軟性・筋力・姿勢)、健康と体力維持、トライアスリート仲間、自己管理による暮らしの楽しみなど、かけがいのない財産としてあげられる。
    春いちばんに あおられ祝った 誕生日
    土曜日の練習はインターバルトレーニングで、スイムで50メートル1分15秒3本を3セット回すことができた。ランでは500メートルを2分15秒~30秒で6本走ることができた。最後尾の低レベルでお恥ずかしいが、スイムもランも更に15秒短縮したい。勝手ながら、まだ伸びしろはあると思っているのだが、さてどうなるか。これも70歳までの楽しみにしておこう。ここらあたりが「自己管理による楽しみ」だ。
    お誕生日のメッセージをお寄せいただいた皆さん。感謝です。皆さんのメッセージはまさに生きる力になります。
    写真は小宴を催した横浜のレストラン「ホフブロウ」。
    「最初に来たのは高校生だったな」
    「ハンドボールの試合の帰りに来てピザを食べた」
    「生まれて初めてピザを食べたのがここだった」
    「それからもう50年もたつのか」
    という次第。
    なお高校時代の「ホフブロウ」は海岸通りにありました。

  • 「あけび鍼灸院」の「陰陽動作理論」。お勧めします。

    「あけび鍼灸院」の「陰陽動作理論」。お勧めします。

     2月となった。前回のブログよりだいぶ時間が空いてしまった。どうも仕事に追われて落ち着きのない日々を送ってきたようだ。

    5月の横浜トライアスロン・スプリントは落選してしまった。今年の第一戦は6月18日の幕張・スプリントに予定変更。
    バイクのギアの具合がおかしい。メンテナンスに出したいと思うのだが、なかなかタイミングがとれない。家の近くの一般の自転車店でワイヤの張替えを頼んでとりあえずの対応としようか。
    明日は大井運動公園のハーフマラソンに参加。スタートは午前9時。それを終えて午後4時から千葉トライアスロン連盟の集まりに参加する。66歳になると表彰があるとのことで、案内が来た。場所は幕張のホテルで、大井町から幕張までの移動となる。長い一日になりそうだ。天気予報では、昼近くより雨とのこと。ギリギリでも雨にあたらないことを祈る。なお、朝から雨であれば不参加にする。
    今日はスイム&ランのトレーニング。昨夜の酒が残っていたけど、スイムもランも、まあかな。

    こんな具合で、まあ、平穏なトライアスロンライフの年明けである。
    さて、今日の本題は「身体づくり」だ。
    昨年の暮れに腰を痛め、十条の「あけび鍼灸院」に行き、院長の海谷さんとの相談で、腰の痛み治療にとどまらず、「身体づくり」に向かってみた。その名も「陰陽動作理論」。http://akebi89.com/yin-yang
    私も十分に理解しているわけではないが、施術を受けての理解としては、肩甲骨を動かし、身体の前面の筋を延ばし、自然と背筋に力を入れる。
    肩甲骨を閉じ、肩を落として背中で息をする感覚をつかむ。
    施術は「スタックポイント」となずけたポイント(凝りの点)を探し出し、鍼を打つとともに、筋を伸ばす。けっこう痛いが、身体が伸びてほぐれていく感覚は気持ちがいい。
    これにより自然と立つ状態を認識する。家では片足立ちをして、安定的なバランスを身につける。
    「陰陽動作理論」は海谷さんが独自に編み出したもので、私としては、いわばモニターとして、施術を受け、その効能を確かめている。
    感想としては「だいぶ身体が動くようになった」し「自分自身の動作についての意識が高まり、身体を動かす楽しみが増えた」と思っている。
    私が「身体づくり」で求めているのは、柔軟性と躍動感だが、手ごたえは感じている。
    ぜひお勧めしたい。
    冬の風 抜ける青空 空ながむ
    このところ、朝の仕事を済ませて昼前に外にでかける日が続いている。15分ほどストレッチングをして5キロほど走る。走るといっても普通に走るのではなく、まず歩く。腕を振り、姿勢を意識して歩く。身体が温まるとユックリとスロージョグ。少し汗ばむと、大股でジャンプするようにして走る。息が切れると歩いで、また走る。走るときはフォームを強く意識する。歩幅を大きく、いささかでもダイナミックに走るようにするトレーニングだ。これがけっこう気持ちいい。
    これも「身体づくり」の成果であると思っている。
    写真はランの折り返し地点。いい景色でしょう。この眺めが好きだ。

  • 今年の初映画「メルー」を観て「立ち向かう」ことの魅力に触れたお正月。

    今年の初映画「メルー」を観て「立ち向かう」ことの魅力に触れたお正月。

      「メルー」という映画を観た。人間を寄せ付けないヒマラヤの頂「メルー」の初登頂のドキュメントだ。ただし、映画のキャッチコピーにあるように、これは「登山」の映画ではなく、「登山家」の映画である。メルーの初登頂を果たした3人がその「登山家」である。

    なぜ山に登るのか、山に登るとはどのようなことなのか。そもそもクライマー(登山家)とは何なのか。死と隣り合わせの危険とどう付き合っているのか。登山の大切なパートナーの死をどのように受け入れるのか。メンターをどのように引き継ぐのか。そして自ら被った事故、瀕死の重傷をどのようにして克服していくのか。
    そうしたことが、当の3人の独白とその友人の解説を中心に淡々と描かれる。3人のうち一人は世界最高のクライマーであり、一人はこの映画の映像を撮影した登山映像の第一人者。いま一人も山の映像を手掛けており、映像の美しさと緊張感は半端ない。この3人や映画制作の状況などについては、ホームページで確認いただきたい。
    ここでは「メール」を観た「私なりの感想」をまとめてみたい。語りたい映画というのはあるものなのだ。
    この映画で主に扱われるのは「登山と家族・登山と仲間」である。ここには金の話しはない。職場の複雑な人間関係も恋の駆け引きもない。権力との闘いもない。無能な上司もいなければ、熱血教師もいない。扱われる人生はいたってシンプルである。それがために、「愛すること」「信頼すること」「立ち向かうこと」など、人間が生きるうえでの基本的な要素が際立って浮かび上がってくる。
    その印象が心に残り、見終わったあとはとりとめもなく、いま見た映像と独白の言葉に頭を巡らすことになる。
    そうだなあ。この映画の印象を素朴にまとめると「立ち向かう」ことかな。でも「生きることは立ち向かうことである」と言ってしまうと、ちょっと違う。そこまで思想化してしまうとこの映画のもつ力強さが失われてしまう。もっと素朴に「立ち向かう」ことなのだ。それを素晴らしいと言うのもちょっと違う。映画を観ていると、むしろ、なにもそこまで立ち向かう必要はあるのか。それは英雄的な行為で美しいことなのか、とさえ思える。
    3人にとって「立ち向かう」ことがあまりに自然で当然であることに心打たれるのだ。もちろん「立ち向かう」最大の目標はメルーの登頂にあるのだが、その一事だけではなく、3人の生きていく姿勢に、この「立ち向かう」感覚がうかがえる。
    3人によるメルーの登頂は、1回目は頂へわずか100メートル時点で「撤収」となる。危険回避による大きな決断であるのだが、観ているこちらは、中止の決断も「立ち向かう」行為として受け止める。そして2回目の登頂の準備を始める。いかに過酷で困難であるかを知ったうえで、あきらめず「立ち向かう」ことに背中を叩かれた思いがする。
    この映画には「立ち向かう」人間の魅力を伝える映画であったように思う。無心に立ち向かう。立ち向かうことを当然とし、たんたんとして立ち向かい、その時と気分を楽しむ。その姿に共感をし、私もそのようにありたいと思った。
    正月映画に 思いもよらず 立ち止まり
    トライアスロンには「立ち向かう」気持ちを喚起する力はあるように思う。立ち向かう気持ちがなくてはレースで前に進むことはできない。我が身を励まし立ち向かっていくことの魅力をトライアスロンのレースは教えてくれる。何も大きな頂でなくともよい。小さなレースでも、立ち向かっていく時を気分を楽しんでいきたい。
    そんなことを確認した正月映画になりました。

  • 元旦走り初め。久しぶりに10キロ超・1時間以上を走ったこの気持ちよさ!!!

    元旦走り初め。久しぶりに10キロ超・1時間以上を走ったこの気持ちよさ!!!

     当ブログをお読みいただいている皆さま。明けましておめでとうございます。お元気ですか。皆様のお元気を祈念いたします。今年もブログを続けていきます。よろしくお願いします。今年初のブログは年末年始の報告です。

    12月30日。スイム30分・ジム30分のトレーニング。明日は墓参りに出かけるが、その前にランを予定。正月1日・2日・3日・4日も毎日走りたいと思っている。
    今年1年を振り返れば、出場大会は沼津千本浜の駅伝と木更津トライアスロンの2つだけ。沼津はスイムは中止となってしまったので、ちゃんとした大会は木更津のみ。それもタイムは4時間をオーバーという具合で、まったく締まらないシーズンになってしまった。しかし、こうなるにはこうなる事情もあっていたしかたない。思うようにできないなりに、楽しみを見つけだしていくのも面白さというものではないか。そのように自らをなだめている。
    12月31日。江戸川沿いを30分ラン。そのあとは横浜のお墓参り~帰宅して姉と久しぶりの食事で年を終える。日本酒をいただいてお腹いっぱい。毎日呑む暮らしから基本呑まない暮らしに転換中なのだが、こうして家で呑むのは気軽でいい。周囲には居酒屋巡りを楽しみにしている方もいて、それはそれでいいなあと思いつつ、私はそちらには行かないなあ。見ていると居酒屋巡りの方々は「肴」にもこだわりがあるようだが、私は「肴」を狙いにして呑みに行くマインドはない。ネタは普通の居酒屋メニューでいい。おいしい小鉢でユックリと酒を、あるいは会話を楽しみたい。一番の苦手は「うるさいお店」。
    1月1日。謹賀新年。皆さま明けましておめでとうございます。
    一年の計は元旦にあり。ということで、今年のターゲット大会をリストアップ。
    5月 横浜 スプリント 抽選申込
    6月 幕張 スプリント
    7月 昭和記念公園 スプリント
    8月 手賀沼 オリンピック
    9月 九十九里 オリンピック
    いずれも参加体験のある大会で様子も分かっている。
    このほか、近場のランニング大会も月一ぐらいには行きたい。ちなみに1月15日は皇居でのランニング大会に10キロで申し込んだ。2月は大井競馬場近くの大会でハーフの予定。
    こうしてみると分かるように、基本は近所で手軽に参加できる大会をリズミカルに月一ペースで。特別なことをするのではなくトライアスロンライフの形をつくるのが今年の方針。
    そして身体づくり。とりわけ下半身の柔軟性と筋力アップ。
    腰痛で「あけび鍼灸院」の海谷さんを訪ねてから、この年末からは週一で「身体づくり」に通っているのだが、その話は次回のブログでお伝えします。
    黄昏時に 夕日に向って 走り初め
    今日は夕方から10キロ超(12キロほどか)のラン。ともかくユックリユックリのLSDで1時間20分ほど。腰痛に引き続いての下痢のため1時間以上のLSDは実に久しぶり。腰の痛みや下痢の心配なく走ることの気持ちいいこと。私の場合、とにかくランが基本なのだ。10キロ超・1時間以上を気持ちよく走ることができるのが「身体の基本」なのだ。「身体の基本」を確かめることが心身の安定になるのだ。ようやく「身体の基本」に戻れて縁起の良い元旦となった。正直嬉しい。今年は週一で10キロ超・1時間以上を走ることが目標。
    もちろん明日も走るけど、今日の成果をベースに、明日は1キロ×5のビルドアップのつもり。1キロ単位でだんだんとスピードを上げていく。5本目はキロ5分を目指す。これは私なりのスピードトレーニング。
    こんなことが、私の日々の楽しみ。
    写真は今年の手帳。あえて黄色で気合を入れてみた。(笑)今日引き継ぎの記入を終えて気が引き締まる。