4日日曜の昭和記念公園は結局休むことにした。決めたのは土曜日。トライアスロン仲間のグループであるvengavengaのメーリングリストで、参加権を譲れる人がいることがわかり、不参加の踏ん切りがついた。それでも4日は大会の様子も見たくて、応援に出かけた。風邪で不参加なんだから、本当なら家で寝ていればいいものを、などとも思うが、なんか血が騒いで出かけてしまう。
レースを見ていて参考になったのは、スイムで先頭を泳ぐ人の姿かな。どのウエーブでも先頭グループの人たちは、泳ぎが大きくて腕のかきがスムーズで、いいリズムでシッカリとヘッドアップを組み入れる。「なるほどなあ」と感心しきり。
大会自体はとても和やかで家族的な雰囲気で親しめた。応援した皆さんも全員完走で、かなり充実した表情。やはり出たかったなあ。
さて、次の月曜は、なんだか風邪もアキレス腱もいまひとつ。やっぱ日曜は寝てればよかったか、なんて思っても仕方ない。まだトレーニング再開の気分ではなく、早めに帰宅して早々に就寝。そして火曜日におっかなびっくりで夜のプール練習に参加。泳ぐのも10日ぶりぐらいで、気のせいか息が切れる。でも練習は大過なく終えて、水曜は仕事で終日外出。ここでようやくいつものペースを取り戻したようだった。前からの約束で夜は銀座4丁目のライオンへ。飲んだビールのおいしいこと。調子にのってカラオケに行ってしまったが、喉の具合も大丈夫そうだ。
そして今朝。リハビリテーションのつもりで、約1時間の朝の散歩。アキレス腱の痛み、違和感を感じなかったので一安心。でも階段を下りるときに、まだわずかに痛むんだよね。
といった状態で、日曜の館山(タテトラ)には参加できるだろうが、不安。まだ病み上がりの感覚がかなり身体に残っており、トレーニングもできていないので、大いに不安。特にスイムは凄く不安。タテトラは全体で3時間30分、スイムは1時間以内の時間制限となっている。果たして時間制限内に収めることができるのか、なんて考えると、どうにも腰がひけてくる。
ともかく時間はまったく念頭からはずして、自分のペースをつかむことが第一のテーマ。前へ前へと気持ちをもっていきながら、姿勢を守り、ペースを作りたい。
夏来り 騒ぐ心を もてあます
夢にみる 泳ぎきれるか 夏の海
いやあ、プレッシャーで言葉数も少なくなるなあ。
いってみよう。それだけ!
そうそう、前回のブログはかなり弱気モードだった。
風邪のせいなんだろうなあ。
カテゴリー: 60歳
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風邪、アキレス腱も回復? さあ国内初参加!
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俺はついていないのかなあ????
先週土曜日から始まった風邪がまだ治らない。快方には向かっているのだが、まだ抜けない。喉が痛む。いま計ったら熱は36.2℃。体温は平熱の範囲だね。
アキレス腱の痛みも思わしくない。アイシングの用具にシップ薬を買い、帰宅後はアイシングをして寝る前にシップ。少しずつよくはなっているのだが、こちらも抜けない。さらに、なぜかふくらはぎにも痛みがきた。なんなんだろうなあ。土曜日以降、寝込んでいるわけではないが、トレーニングはまったくのお休み状態。
ということで、4日日曜の昭和記念公園の大会が心配になっている。4日だけならいいのだが、翌週の11日は館山だもんなあ。計画では4日はハーフなので、まあ、11日に向けた準備のように思っていたが、やはりメインは11日とすれば、4日は休んだほうがいいのかなあ。今日は同年代の仕事仲間からは「ハワイの疲れがでてるんですよ、休みなさい」、ちょうど同じ日に同じ症状の風邪をひき、お互いいまだに咳がとまらない風邪仲間のWebサイトマネージャーの女性からは「絶対やめて11日に備えたほうがいいですよ」ときついアドバイスを受けた。ありがとうございます。そんな気になってきました。最終的には前日の3日土曜日に決めようとおもっているが、ああ、気が滅入る。
こんな時に最近は思ってしまう。「俺ってついていないのかなあ?」。私の知人に「つきだけでやってきた」と常に豪語する人がいる。自分のつきを信じている人であれば、こんなときも「ここで体調が悪いのも、大会に参加できないのも、おれがついているからだ。健康な状態で出ていたらきっと事故を起こすか何かしてたんだ。それを避けた俺はなんてついているんだろう」なあんて思うのかしら。
そこで改めて、これまでの人生をザッと振り返ってみると、不運とは思わないが、なんとも中途半端な幸運に思えてくる。良き妻を得たが癌で先立たれた。勤め人ではないが幸いに3人の子供を育てることはできたものの、何かを当てて一儲けといったことは無縁で、いまだにきわどい経済状態が続いている。この年齢になっても新たな仕事と新たな仲間に出会い、なんとか無事に仕事をこなしているが、成功といった実感まではない。
トライアスロンにしても、いいコーチ、いい仲間に出会い、老後に向けた確かなライフスタイルへの手ごたえをえたが、ホノルルデビューでは過呼吸、国内デビューはこんな状態。なんか、スッキリしない。中途半端なんだよなあ。冷たく突き放せば、ただの準備不足という声も聞こえてくるが、「俺ってついていないのかなあ?」という思いはとめられない。
この歳になるまで、自分のつきや運不運というものを考えてはこなかった。気分としては、そんなことに気を回す暇もなく走ってきたように思える。それが気になるようになってきたということは、自分の力が弱ってきたのか、あるいは「大会」という「勝負」の世界に出会って気づかされたことなのか。
と、ここまで考えてきて、思い立った。これからは自らの「運・つき」を楽しんでみよう。果たしてついているのか、なまつきか、ついていないのか。それが自分の人生を愛する妙薬となれば、「不運」の味わいも悪くはないだろう。
モーパッサンは「女の一生」の主人公に「人生はよくも悪くもない」と語らせている。
土曜の午後、出られると決めたら「ついている」と素直に喜ぼう。出られないと決めたら「ああ、ついていない」と思うとともに、私の出場権を誰かに譲るべく、連絡をとってみよう。そこで新しい人間関係が生まれるのかもしれない。人生万事塞翁が馬。禍福あざなえる縄のごとし。「俺ってついていないのかなあ?」も人生の楽しみとしよう。
ゆったりと 日差しのなかに 歩いてく
つきもなし 我をのぞくや 夏の夜
今日はまだるっこしい自省録となってしまった。
アラ還のつぶやきだな。 -
痛み 風邪 弱り目に祟り目
先週の18日金曜日、この日は一日雨だったが、夜に入って雨があがった時間があり、思い切って江戸川沿いを走りに出かけた。インターバルを取り込んだトレーニングで、途中から降った雨も気持ちよく、全身の毛穴がどっと広がったような爽快気分で意気揚々と引き上げたのだが、翌朝、左のアキレス腱が痛む。ああ。続いて土曜日はスイムとランのトレーニングで、痛むアキレス腱を気にしながらの走りとなった。痛みは相変わらず、その後は大事をとってランは休止。
さて、それから1週間。痛みは少しは治まり、昨日はスイムとデュアスロンのトレーニング。デュアスロンのトレーニングは200メートルほど走って、ローラーで5キロのバイク、それから1周1.4キロの公園一周コースというもの。きつかったけど、気持ちはよかった。しかし、アキレス腱の痛みがぶり返してきた。
アキレス腱も痛いが、左腕も相変わらずに痛いうえにジーンとしびれる。近くの整体院に通っているが、回復の自覚はあまりない。
この左腕の痛みを自覚したのは、歯の治療中。仰向けの姿勢で治療を受けている最中、左の腕の痛みが耐えがたく、治療を中断し、腕をほぐして痛みを和らげたほど。それ以来、どこが痛いのか、手で押さえて確かめるのだが、なかなかよくわからない。それでも、まず感じたのは肩の下。ああ、ここだ、と思っていたら、翌週には腋の下が痛む、次いで、上腕の外側と首へと痛みが移っていくようだ。
どこが痛いのかもよくわからない痛さというのはどうにも歯がゆい。原因もクロールとばかり思っていたが、バイクも関係ありそうで、なるほどこれは複合原因による複雑な痛みなのだ、簡単にはいかないかも知れんぞ、と自分に言い聞かせている。あるはこの歳なのだから、50肩、60肩も不思議ではない。痛みもあって当然という日々を過ごす覚悟も必要なのかもしれないなあ。
そこで、昨日はトレーニングの後に整体院に行き、左腕の治療に加えて左アキレス腱のテーピングをお願いした。実は、今日はSWACタイムトライアルのレッスンを予約しており、かなりヤル気いっぱいで参加するつもりでいた。1キロ5分のペースで5キロを走るつもりでいた。
ところが昨夜から、扁桃腺が痛み出した。熱はないものの、喉がヒリヒリと焼けるように痛む。とりあえずアスピリンを飲んで11時には就寝。今朝、6時に目が覚めたが、喉の痛みは一層ひどくなっている。この喉の痛みはこの気候のせいなのか、あるいは先週末の札幌出張が何か影響をしているのか。アキレス腱の痛みも治まらない。腕のしびれも相変わらずだぞ。困ったなあ。弱り目に祟り目だ。今後は7月4日に昭和記念公園、11日に館山と大会が続いていく。
ということで、本日はタイムトライアル参加もさることながら、すべてのトレーニングはお休みの一日と決めた。
改めて1時間ほど横になり、食事をとると、体の芯がいくぶん回復した感覚となり、気をとりなおし、コルゲントローチを舐めながら、こうしてパソコンに向かっています。
今日は身体は休めて、気になっている明日からの仕事の整理をしよう、と思ってはいるのだが、今ひとつ気が入らない。力が入らない。
こういうときはどうしたものかなあ。仕事もあきらめて寝て治すしかない、とは分かっているが、どうも釈然としない。これで熱でも出て起きていられる状態ではなくなれば、すべてを諦め、寝るしかないが、そこまで悪くはないんだなあ。往生際が悪い!
土曜日のスイムレッスンで2ビートを習った。自分ではなかなか身に合っているように思えた。身体が素直にスーッと伸びていく感覚があるんだな。これが水泳開眼、ブレークスルーとなればいいのだがと大いに期待。喉が痛くなければ、2ビートを確かめにプールに行くのだが、今日はそれもなし。こんな日もあるだろう。だが、こんな日ならではの納得のいく過ごし方は何だろう。そうか、DVDがいいかもしれない。今日はDVDの整理でもしようか。
梅雨の空 鳥のさえずり 気だるげに
雨模様 身体の痛み 抱きしめて
4日まではあと1週間。なんとか今日中には回復に向かいたい。
明日の朝はどのようにして目覚めているのだろうか。 -
2回目の海錬で確かめたこと
昨日は2回目の海錬。前の日はサッカーのオランダ戦を次女の家で観戦し、帰宅して寝たのは12時。起床は4時半。寝不足とややアルコールの残った状態で家を出て、約2時間半をかけて電車で保田へ。場所は昨年と同じ。http://tryathlon.at.webry.info/200909/article_4.html。前回の海錬は昨年の9月12日。いまから思えば、あの頃はほとんど泳げていなかったよなあ。
振り返ってみると、昨年7月にトレーニングを始めてから、海で泳いだのが、9月の海錬、今年5月のホノルル大会で今回が3回目となり、ようやく海で泳ぐ感覚を自覚できたような気がした。
昨日は風が強く、けっこう波もあり、それも練習にはいい条件だったように思う。
まず、最初に飛び込んで感じたのは、不安感。ホノルルの過呼吸の記憶がひょいとよみがえった。でも焦りはなく、「ああ、この感覚に奪われたのだ」と自分を客観視して落ち着くことができた。そのポイントは第一に海への慣れ。これは当然だね。次に効を奏したのは姿勢を正しく保つ意識。あえてノーブレスで4回ほどかき、ちゃんと泳げている自分を確認して落ち着かせる。これは今後も役に立つコツのように思える。これからはノーブレスの練習もちゃんとしておこう。
レッスンは足抜き、ドルフィンスルーといった練習から始まり、これでだいぶ海に馴染んだ状態となる。そのあとは3つのグループに分かれての練習。私は2グループに行ってみようか、ちょっと迷ったが、いつもながらの3つ目のグループ。でも昨年と比べると大いに余裕がある。
グループレッスンの多くはターンで、これは前日のプールのレッスンでもやったこともあり、難しくはなかったが、ターンの最中にヘッドアップを加えると、方向確認が正しくできるとアドバイスを受けた。なるほど。
次に少し沖まで泳いだが、波を越えて泳ぐコツがうまつかめない。でもこれもあまり焦らず、うまくいかない状態を客観視することもできた。そこで感じたことは、ガツガツと腕をかいていく意識。波がこようが、前向きに波に向かい、腕をやや広げ気味にガツガツとかく。これは以前からオープンウォーターでの泳法として教わっていたが、それを身をもって確かめることができた。
また、波をうまくつかめないが、波がきたらもぐることでやり過ごす感覚も自覚できた。
ヘッドアップについては、まだいうまくはいかないが、無闇に顔をあげて消耗するのではなく、泳ぐリズムを維持しながら前方、周囲を確認することができた。ポイントはヘッドアップと呼吸とを無理に一緒にしないこと。たとえば確認は確認、呼吸は呼吸と、ひとかきごとに交互に行う。確認で前を向くが呼吸はその後に横向きで行うといったこと。こうした方法は初心者向けかと思うが、いまのレベルの私には合っているように思う。
あとはコーチたちとの会話でつかんだこと。
・プールと違ってタイル模様も壁もない。足はつかない。不安であるのは当然のこと。だから不安に驚くのではなく、不安は当然として、落ち着く方法を身につけることが大切。落ち着くのは精神的な問題ではなく、技術課題なのだ。このことが今回の最大の収穫。
・プールと比較するとタイムは10分程度は落ちるのが普通とのこと。その遅れの大きな理由はヘッドアップにあるという。ホノルルでは「これほど頻繁にヘッドアップするのか」に驚いたが、頻繁なヘッドアップは不可欠なのだ。だから消耗しないヘッドアップ、リズムとフォームを崩さないヘッドアップが大切になる。このことは課題として充分に認識できた。
レッスン後は近くの海鮮めし処で皆さんと食事。今年は電車なのでビールを2杯楽しんだ。この食事も含め、レッスン全体をとおした皆さんとの交流も海錬の楽しみ。来月の海錬も行こう。
帰りの電車は千葉まで1時間半というのは長かったなあ。次回はビールをあきらめ、クルマにしよう。南行徳に着いて、駅前飲み屋でホッピーと熱燗。家に帰って寝たのは8時ぐらいかな。それで今朝起きたのは6時半。その間にトイレにも行かない。よく寝てます。
梅雨の海 うねる波間に 身を投げる
波を受け 我は海の子 鍛えるや
次回の海は7月11日の館山の大会。スイムの制限時間は1時間。いけるかどうか、どうかなあ。不安も大きく、わからないが、結果を考えずに、今回の海錬を糧にしよう。知久さんの「ゆっくりすぎるぐらいゆっくり」という言葉を胸に刻んでやってみよう。 -
痛みと疲れと迷いと不安
金曜の夜は寿司屋で楽しく呑んだ。寿司屋で呑むのは好きで、それが楽しい相手であればなおさらだ。会話ははずみ、好きな熱燗をいただき、それでも9時前には帰宅して倒れるように就寝。翌朝土曜日は6時にめざめたが、酒が抜けていない。それがためかひどく疲れた感覚があって、8時半からのトレーニングへの気が進まない。そんなに呑んだわけでもなく、充分過ぎるほどに寝ている。元気はつらつで目覚めてもいいように思うのだがそうではない自分にちょっと嫌気がさしたほどだ。
水泳、バイクのトレーニングをどうにかこなして、家で一休みのあと、4時過ぎには、久しぶりに新宿へ出て歓談。キリンシティのビールがうまかった。歌舞伎町に出てホッピーとホルモン焼。10時には帰宅して12時前には就寝。
今日、日曜の目覚めは8時。こうして書いていてもよく寝ているなあと、我ながら感心するというか、呆れるというか、いい歳をして莫迦みたい。
本来であればスイムの自主練に出かけるところだが、腕がしびれているので、お休み。家の掃除と片付けをすませると、もう午後の3時。ランにでかけたのだが、腕のしびれと疲労感で続かない。仕方なく、3キロを走ったところで、インターバルトレーニングに切替え、江戸川沿いで、約100メートルのスピードランを5本で終了。家へと帰るのも歩きとなってしまった。
帰宅してシャワーを浴びて夏みかんを一つ。1時間ほどウトウトして整体院にでかけたら、何とお休みでガッカリ。
何を言いたいのかといえば「どうも調子が出ない。腕が痛い。疲れている」ということ。あるいは「日一日のけじめがつかない」ということ。疲れというのはもちろん肉体的な疲労で、その疲れを取り除くには規則的な食事と睡眠につきることはよくわかっている。だから今日は呑まずに早く寝て、明日の朝を楽しみに待つとしよう。幸いにして、昨日から読み始めた吉村昭の戦艦武蔵がおもしろい。
寝る前に最適な本の条件は「いつでも本を閉じてライトを消す」ことができること。先が楽しみで目がさえてしまってはいけない。かといってつまらないのでは話にならない。特に大切なのは文体で、きびきびと簡潔で緊張感のある文体は子守唄のように気持ちをなだめてくれる。戦艦武蔵は今の私のその条件にピッタリだ。
さて再び、何を言いたいのかといえば、肉体的な疲労をコントロールする方法は分かっているが、1日のプログラムがコントロールできていない。疲れを理由に徒に弛緩している自分がいる。「日一日のけじめがつかない」ということはそういうことだ。
ここまで書いてきて、肉体的な疲労の背後に「仕事」の影が大きく広がっていくことに気づく。このブログは仕事のブログではないので委細ははぶくが、いま、自ら始めて継続しているとても大切な仕事と、依頼されてこれから取組む大きな仕事とがあり、問題は「何をどのような手順で行うかを自分で明確に把握できていない」ところにある。要は仕事のプログラムがコントロールできていないのだから、1日のプログラムがコントロールできていないことは当然なのだ。
さて、どうする。
肉体の疲労を取り除き、レッスンのプログラムを進めるように考えてみよう。まず、今日は早く寝る。仕事の書類がとても気になるが、早く寝る。そして明日は早く起きて集中して取組む。その日一日の積み重ねのなかで、仕事のプログラムが見えてくるはずだ。あるいは、それ以外の方法で仕事のプログラムを見つけ出すことはできないだろう。これまでトレーニングの時間を午前にとるべきかどうか、思い悩んできたが、今日の結論としては、午前はまず仕事に集中でいこう。そして夕方以降の時間をより積極的にトレーニングにあてること。そのために夕方に向けてより手早く仕事に向かっていくこと。そしてトレーニングの疲れでぐっすりと休むというのが理想的。よし、これでいこう。
さて、今日の最後に改めて、何を言いたいのか。
仕事とトライアスロンを両立させるということではない。トライアスロンに向かっていくことが仕事のプラスになること、そのようにして暮らしていくこと。それは望みや希望ではなく、老後を気持ちよく生きていくためのいたって現実的な方策であるのだ。
この年齢になっても、「痛みと疲れ」のなかで「迷いと不安」が生まれる。人生はなかなかに難しい。
梅雨来る 思いを新たに 日一日
痛みつつ 疲れに浸る 梅雨の風
明日はまず早起きして今週の予定を立てる。その1週間をイメージしつつ、まずは整体院に行こう。なにはともあれ、肉体的な痛みは除去しなくてはならない。 -
67.5キロ 腕がしびれて
ホノルル以降、ややまったりとした状態にあっためか、体重を量ったらなんと67.5キロ。これはショックだなあ。ホノルルに行く前は65.5キロで比較的に安定しており、「よし、この調子で65を割るぞ!」と意気込んでいたのに、このざまとなってしまった。原因はとてもわかりやすく、トレーニング量の低下と酒。これは相関関係で、お酒を呑む機会が多くなればトレーニングに当てる時間が減る。お酒・つまみによる摂取カロリーが運動による消費カロリーを上回って体重増加となる。
トライアスロンのトレーニングを始めて以降、ダイエットストレスはなくなったと思っていたが、油断してはいけない。というわけで、呑みの機会を減らし、食事にも気をつけ始めている今日この頃である。でも65を割るには2.5キロも落とさなくてはならない。これは大変だなあ。トレーニング内容も見直さなくてはいけない。今考えているのはランニング。もっと気軽に、毎日に近く、日々の習慣としてランニングに取組もうかとおもっているけど、難しいなあ。
いまひとつ気にかかるのが腕のしびれ。特に左腕。このしびれに気づいたのは、記憶が定かではないが、おそらく3ヶ月ほど前ではないか。それが、この前歯医者に行き治療を受けていたら、仰向きに寝ている姿勢のためか、左の肩が痛く、左腕がしびれてたまらない。あまりの痛みに、40分ほどの治療で2度も中断してもらい、腕を回し、肩を揉んでその場をしのいだ。ビックリした。これでようやくしびれに向かい合うことになり、整体治療のお店へ。痛みの場所は肩の筋。もともとものを持ち上げるためのもので、その筋を無理に伸ばすことで神経が圧迫され、肩の痛みと腕のしびれが発生しているとのこと。なるほど。原因は明らかにクロールではないか。確かに左ほどではないが、右も痛んでしびれている。
これをどのように考えるか。クロールによる痛みで思い起こすのは、トレーニングを始めた頃の背中と肩甲骨周辺の痛み。これはきつかった。それがおさまって以降、トレーニングは継続してきたが、特に痛みはなく、ここにきて腕を伸ばすことによる痛みが襲ってきた。とすれば、これは泳ぎが変わってきたことにより発生したと考えるのが妥当ではないか。
意識的に十分に腕を前に伸ばせるようになった、そのためにこれまで十分に使えていなかった肩を痛め、腕のしびれとなった。よし、腕のしびれはステップアップのための踏み台と考えよう。ここらは楽天的な性格の強み!
なお、泳ぎについてはだいぶよくなってきたとは思うのだが、それでも遅い、ともかく遅いのが悩み。全力で泳いで25メートル28~29秒。50メートルで1分10秒。だからTTAのトレーニングでも一人大きく遅れる。なんとか50メートルを普通に泳いで1分を切りたい。
自分の感覚としては、25メートルのプールで後半になるとスピードが大きく落ちるような気がする。特に最後の10メートルは自分でも歯がゆいぐらいに失速している。これは多分足が沈んでいるからではないかなあ。だんだんと沈んでいくので、だんだんと失速していく。いまだにビート板バタ足ができないものなあ。
そんなこともあって来週の水曜にトータル・イマージョンの4回目のレッスンを予約した。今度は流れるプールではなく、荻窪で普通のプールでのレッスンとなる。
体重としびれもあって、このところ気になるのが「身体づくり」。これはホノルルでも強く感じたのだが、周囲と比べて、見るからに身体ができていない。ぷよぷよ度が高い。筋肉が細い。力が弱い。この初シーズンを通して、いま一段、身体をつくっていきたい。それにはそのためのライフスタイルをつくらないとならない。ライフスタイルとは生活習慣であり、つきつめると就寝時間、起床時間、1日と1週間の時間割となる。私の場合は特に午前中の過ごし方が問題。さて、どうするか。
そんな意識からか、今日は目が覚めて蒲団の中で久しぶりに脈拍を測った。1分間に60。
とぎすまし 梅雨の気配を 肌に知る
夏至に向け 朝日が誘う ランニング
今朝はひどい鼻水・鼻づまり。花粉症かなあ。
7月4日の昭和記念公園、11日の館山の大会が、そろそろ気になり始めている。ホノルル以降、緩んでいた意識を引きしめよう。 -
ホノルル終えて ひと休み
ホノルル大会を終えてはや2週間。このところペースダウンでややお休みぎみ。先週~今週とTTAでのレッスンのみのトレーニングに終始している。
理由としては、やはりホノルル大会に向けてテンションをあげてきた緊張から開放されたかったことが第一。久しぶりに夕方から一人居酒屋を楽しんで、ああ、日本人の幸せを実感。肉体の疲れよりも精神的なものだね。それと、一度大会を経験して、あまりジタバタしても仕方がないと思えるようになったことがあげられる。よくいえばヴァージントライアルを経て少しは落ち着いたということか。
一方、大会に出て、多くのトライアスリートに混じって、「まだまだ鍛え方が足りない」ことを痛感している。例えば体つき。皆さんかなり絞れて、シャープである。それだけトレーニングを積んでいるわけだ。私も絞れてはきたが、並んでみるとだいぶ見劣りするんだなあ。お腹のお肉がタポタポしているもの。だからといって無闇にハードなトレーニングとは思わないが、生活全般を見直して日々積み上げていくことが必要だね。
もっと時間を有効に使って毎日のトレーニング時間を確保する、アルコールを少なくして体重を減らす、大会に向けた練習を意識するといったことなど。なかでも一番のポイントは日々の生活の時間割かな。一週間単位で、より確かに、より少ない負担でトレーニングに向かう時間を確保する。そのための前向きな意識をもつ。11時就寝~6時起床のリズムをキープして気持ちよく日々を過ごすことが肝要。
さて、本日はスイムとバイクのレッスンであったが、スイムは25メートルのハードを2分間隔で10本こなして、タイムは27秒~29秒といったところ。30秒はきれるところまできたが、素直な気持ちとして、コンスタントに25秒を切れるところまではいきたいなあ。そこまでくれば50メートル1分以内が確実になってくるだろう。いま確かなことは、左にブレスする際に右手が下がってしまうこと。スーッと右手を伸ばす素直な流れのなかでブレスができるといいのだが、どうも右手で水を抑えてブレスをする感じになってしまう。
あとはバタ足。いまだに25メートルのビート板バタ足で、息継ぎのところで足をついてしまう。多分、この右手とバタ足がOKとなれば、思いが果たせるようになるとも思うのだが。よくおばさんで、ユックリ、のんびりした顔で、大きな水しぶきもあげず、スムーズにビート板バタ足をしているのを見かけるが、あれはどうしているのかしら。私の場合、息継ぎをするとそこで止まってしまい、リカバーしようとしても前に進まず、苦しくなって立ってしまう。ああ。
明日の日曜は久しぶりにスイムの自主連に行こう。
バイクはディズニーランドを周回する集団走の練習。集団走がトライアスロンの実戦トレーニングになるとは思えないが、周囲を意識しつつ、一定スピードで走り続ける練習にはなった。そうそう、今日は立ちごけはなかった。いまだに立ちごけが怖い岩﨑です。
まあ、気を取り直しで国内大会に向かおう。
7月4日 昭和記念公園 ハーフ
7月11日 館山
8月1日 沼津駅伝
がいまのところのエントリー。
あとは9月4日の横須賀、9月5日の横浜、11月のロタ島が候補。
5月の風 萌える若葉に 汗はじく
梅雨もよう 問うてみるかな 心根に
先日、会社の会計士さんとホノルル出場の話をしていたら、「岩﨑さんにとって去年は元年だったんですよ」と言われた。なるほど、去年は仕事の決算はホントひどい数字だったが、トライアスロンも仕事も人の出会いも、新たな出発に向けた、元年であったように思う。
元年であるならば、老後へのささやかながらスタートをきることができて安堵している。 -
ホノルル大会 総括!!
大会のリザルトが発表になった。
http://www.honolulutriathlon.com/index.php
私の記録は以下のとおりで、スイムの1時間30分というのは間違い。
順位は、私の後ろは男性1名、女性3名。
スイム 1:05:48
トランジット 6:40
バイク 1:41:21
トランジット 4:01
ラン 1:18:16
合計 4:16:02
このうえで、まあ、この程度はいけるかも、という数字をはじき出してみる。
スイムはウエットスーツ効果を見込み、バイクとランではほとんどが一人旅で、そのうえコースを間違えて引き戻したりしたので、そうした部分を勘案してみる。
スイム 45:00
トランジット 5:30
バイク 1:30:00
トランジット 2:30
ラン 1:05:00
合計 3:28:00
なるほど、約3時間30分。これがいまの私にとっての現実的な目標と考えられる。
リザルトを見回してみると、これでもほとんど最後方なのだが、このぐらいは目標にしてもいいのだろうと思われる。事故や故障がなければ、あまり無理をせず自分のペースで達成できるように思える。参加前は、訳もわからず4時間以内の完走を目標にしていたが、目標設定がより明確にはなった。
いえいえ、だからといって記録を目指そうなんて思ってはいない。記録とは自分がどの程度なのかということをイメージするための尺度なのだ。
また、こうして数字を眺めてみると、もう少しアクティブにいってみようか、といったことを思うようになる。失われている身体の躍動感に、もう少スイッチを入れる、身体を大きく動かしてみる。例えばスイムでは自発的に前方確認を入れてみる、ランの練習にインターバルを取り入れてみるなどの実戦的なトレーニングをしてみよう、なあんて、だんだんとアスリートのの心境になっていく。高校時代の部活の練習がよみがえって来る。
このように、レースに出る前と後では意識がまったく違ってくる。取組みが落ち着いてくる。不本意なデビューだったが、それもよかったのかもしれないなんて思えてくる。かなりはまったかなあ?
そうそう、総括としてこれだけは言っておこう。
始めてよかった! アラ還の皆さん お勧めします。
腕を振る 走るひたいに 汗が散る
陽に焼かれ 思いをこめて ひた走る
早く無心にレースを楽しめるようになりたいなあ。
その心境にいたるには、来年になるかなあ。 -
鹿島槍合宿のレポート その1 自転車に涙
行ってきました。鹿島槍スポーツヴィレッジでのTTAの合宿。
http://blog.livedoor.jp/kashimayari_staff/
いやあ、きつかった。
4月30日金から5月2日までの3日間合宿なのだが、私が参加したのは2日目から。
5月1日の夜中の3時半に現地到着でそのまま仮眠。バイキングの朝食をとり、9時からのバイク練習に参加した。バイク練習はA班とB班に分かれ、A班は100キロ以上、B班は70キロを目途に山道を走りこむというもの。B班の参加者は、私を含め男子6名、女子2名(だったと思う)。
山道を走る、というのは、具体的には自転車で峠を登り、下ること。
そうした予想もまったくないままに、その世界に突入して、驚いた。うねうねとSカーブの続く長野の坂道を登るんだよ。始めは「まさか、無理だろう」と思ったが、もちろんホントである。何も考えずに必死でペダルを踏む。いつ登りきるのか、その先を越えると下りになるのではないか、そう思いつつ、ペダルをこぐが、カーブの先に更にキツい勾配が出現する。あれ~と叫ぶ。
速度は歩いているより遅くなる。立ったらもう終わりとも思うが、それより、この登り坂で足のバインダーをはずす余裕もない。ただただ、ハアハアと息をきらし、イチニイと足をこぐ。皆さんとはどんどん引き話されていくが、アスロニア取締役のTさんが、ついてくれ、「岩崎さんファイトです、もうすぐ頂上です」と声をかけてくれる。あのTさんのリードがなくては、早々にリタイアしいていた。Tさんのケアのおかげで知らなかった世界を広げることができた。感謝です。
それでもなんとか皆さんの待つ峠に、皆さんの拍手に迎えられて到着。だいぶ待たせたろうなあ、いやあ、恥ずかしい。そこで記念写真。
次いで下り坂。何も知らない人は下りはラクと思うかもしれない。私もそう思っていた。あさはかだった。これがつらい。何がつらいといえば、ブレーキを握る手がつらい。まず、カーブ前にはブレーキを握って減速するのだが、これが延々と続く。さらに、下り坂も、時速50キロを越えると、明らかに世界が変わる。身を切り裂く風が違う、飛んでいく風景が違う、ハンドルを通して感じる振動が違う。怖くて思わずブレーキは握りっぱなしとなる。手がドンドンと痛くなるが、痛いといって手を離すわけにはいかない。
登りは泣きながら足をこぎ、下りは悲鳴をあげて手を握る。生きた心地もしなかった。
午前中に一山越え、そばの昼食をとって二山目。こちらは更に勾配が急で、車も少ないこともあり、完全にジグザグ走行で休みなく下りにはいり、これが距離が長いんだ。必死にブレーキを握り続ける。いやあ、怖いのなんの。なんとか皆さんの待つ地点に下り終え、手の平をモミモミマッサージ。
小休止して、次の山にスタート。こちらは、当初はなだらかであったが、クルマの交通量が多い、幹線道路で、もちろんジグザグ走行はできないし、左右のブレも怖い。しかも、だんだんと傾斜が急となる。
「もう限界」と心のなかで悲鳴をあげていると、Tさんより「クルマを呼びましょうか」とのヒトコト。素直に「ハイ」と返事をした。クルマとはTTAの伴走車のこと。しかしTさんのお声掛けは絶妙のタイミングだったなあ。距離は70キロ。時間は4時過ぎかよく覚えてはいないが、私の体力としても、トレーニングの進行管理からしても、まさに限界点だったと思う。
あのあと皆さんは、更に一山、合計4山を越えて100キロとなったという。すごいことだ。とてもついてはいけませんでした。
こんなに長い時間、距離を走ったこと、こんなに坂を登ったこと、こんなスピードで下ったことは、もちろん初めて。大井埠頭でのトレーニングとはまったく違う世界がここにはあった。
これは自転車のなかでの特殊な世界なのか?
私にはこの体験で、初めて自転車に乗ったように思えた。
私なりにこの短期間の体験でわかったこと。
・自転車は「恐怖への克服」「メカのコントロール」も含む、まさに全身スポーツだ。
・身体への負担という面でも、スイム、ランを越える。本格的に身体を鍛えないとならない。
・普通にやって皆さんより大きく遅れる。基本的に衰えているんだなあ。
よく自転車はいくつになっても楽しめるスポーツという。
それを否定するつもりはない。のんびりとサイクリングを楽しむのも自転車の魅力でもあろう。
しかし私は、ささやかながら今回の体験で、自転車こそ「若者のスポーツ」という認識をいだいた。
はじけるように若々しい全身の筋力、それを支える血流を生み出す健康な心肺機能、それらがもたらす肉体の躍動感、恐怖を快楽として飛び込んでいく陶酔、最新鋭のメカを身体に直結してコントロールするサイボーグな自己拡大。。。。
私にはこれらはすべて若者の特権で、私にはもう失われてしまったもののように思えてならない。
下り坂をダンシングしながら、最大スピードで飛び込んでいく姿、登り道を高いケイダンスで悠然と走っていく姿に私は自転車というスポーツの魅力をみる。
しかし、それはもはや、私には過ぎ去った世界のように思える。
伴走車に乗り、車窓から見た風景のなんと美しいこと。
遠くに雪を残す険しい山々の連なり、急勾配の段々畑、そこに点描のように遠近感を際立たせる桜、まさに日本の原風景のような里山の光景がそこにあった。
まったく気がつかなかったなあ。
雪に桜 夢の世界に 息きらす
五月空 恐怖を越えて 前を向く
いい経験になった。
こんな世界があることを知った。 -
昨日に続き、今日はノンストップ1000メートル
今日は、午前中に懸案の仕事(計画書作成)に目途をつけることができて一息ついた。
ファイルをメールし、12時過ぎからスイムにでかける。昨日は500メートルノンストップを達成できたが、果たして今日はどうなるのか。
・25メートル けのび~グライドキック 4本 100メートル
・25メートル ビート板 4本 100メートル
・25メートル プルブイ 8本 200メートル
・25メートル フォーミング 8本 200メートル
・50メートル フリー 4本 200メートル
・25メートル プルブイ 4本 100メートル
そしてそして、1000メートルを1本
合計 1800メートル。
1000メートルは35分もかかってしまったが、つらくはなかった。泳ぎながらプールサイドの時計を見る余裕もあった。最後は左足に少し疲れを感じたが、余裕をもって1000メートルとなった。幸いにも、この間、コースを私一人で泳ぐくとができた。
感覚としては、300を越えるあたりでリズムが安定してくる。これが300を越えるとラクになるということか。あとは頭と腰の位置をしっかりとして姿勢を守ることを第一に考える。700あたりでは、けっこう水にのった感覚を得ることもできた。
よし、今月のスイムは1500の距離・時間に慣れることをトレーニングの狙いとしよう。
スイムのあとは昼食。駅前のトンカツ屋でロースかつ定食。家に帰ってソファーに休むと、さすがに疲れてウトウト。
食後は2時間の休息が原則で、休んだあとは、買ったばかりのトライアスロン用ランニングシューズを試してみる。
シューズはアシックスの SKYSENSOR T3
http://www.asics.co.jp/running/products/E/detail/~TJR319
1キロ6分程度のユックリペースで約1時間。いつもの江戸川沿いを走る。これが軽くで気持ちがいい。よかった。とくにつま先から甲にかけて、柔かく包む感覚がいい。今日は靴下をはいたが、次は裸足で走ってみよう。
ということで、レースに向けて着実に準備を進めている手ごたえがあって、なかなかに気持ちよい。
この調子のままでいけばいいのだが。図に乗って疲れ過ぎないよう、故障を起こさないよう、注意、注意。
計画に沿って、手ごたえをもって、着実に進むなんてことは、私の人生を振り返ってみても、まあ、あることではない。それが感じられるのも、個人スポーツの魅力であるように思う。では、その魅力に浸ってみようじゃないか。
一歩ずつ 春の坂道 登るかな
かきわけて 息をつぐかな 春の水
さて、これから今週の予定をたてよう。
明日はどうするか?