8月29日土曜日は南行徳TIPNESSでのレッスン。時間は10時から12時。内容は「ケイデンス・ダンシング」。「ケイデンス(Cadence)とは、自転車において1分間のクランク回転数のこと。自転車に乗る人がペダルを回す速さを示す数字である。rpm(回転毎分)を単位として表す。一般に測定にはケイデンス対応のサイクルコンピュータが用いられる」Wikipedia。
ダンシングとは立ちこぎのこと。
・TIPNESSからディズニーリゾート周回コースへ移動 片道約6キロ。
・ケイデンスを90~100以上で。周回コース(約6キロ)を3周。
・TIPNESSまで移動 約5キロ。
この日は29キロを走ったことになる。
ディズニーに着いたら、岩田コーチからスキルの説明。ケイデンスについては「足の付け根から回す感覚」をつかむこと。ダンシングについては、立ったときに前に身体を出すのではなく、できるだけサドルの上に立ち、自転車を揺らさない。
ママチャリであれば立ちこぎはあまり考えずに行うフツーのことだが、ロードレーサーとなると、怖いよねえ。
ディズニーに着いたら、上級者と初級者に別れて周回コースへスタート。こちらはもちろん初級者コース。2名で岩田コーチを先頭に走る。先生について走るのは勉強になる。
ケイデンスについては、だいたい90~100を越えるペースで走ることができた。幸いにして呼吸も足も苦しくはなかった。ただ、前を走る岩田コーチの回転は明らかに私より速い。岩田コーチは「今日は110。ただし目標指数は120といわれています」とのこと。やっぱり10違ったんだな。私も時として110をマークしたが、巡航回転というわけにはいかない。まあ100を少し越える程度かなあ。でも初心者としては十分に満足と思っています。
岩田コーチからは「靴の着脱はだいぶよくなりましたか?」の質問。前回はそれが話題だったので覚えてくれていただいた。「少しはよくなりました。だいぶとはいきませんが」。前回は着脱とも難しかったが、今回は少なくとも「脱」については少し余裕ができている。「着」についてはうまくいくのは3回に1回ぐらいか。うまくいかないとペダルのところに目がいって前をみなくなるのが怖い。でもこれは確かに「慣れ」、つまりは回数の問題ですね。
ダンシングについては、この日のコースは平地なので、使うタイミングとしてはカーブを曲がって加速させるときなど。カーブに入って足を止めている時にギアを入れ、カーブを抜けると同時にダンシングという具合。ダンシングもオッカナビックリであったが、自分では何とかこなせた。ポイントは足をシッカリ締めて姿勢を保つことかしら。
自分としては結構コツをつかんだ手ごたえをもって30日日曜に大井埠頭コースに。アスロニアの遠藤さん鈴木さんにはお目にかかったが、いつも集まるメンバーはみんな大会に行っているとのことで、女性のお二方のみの参加。というわけで、私は一人でスタート。途中、小雨も降ったが、結果、目標である4周、約40キロをこなした。途中、2周時点で立ち止まりアミノ飲料を飲んだが、40キロを走ったのは初めて。時間は10キロでほぼ20~25分。40キロで1時間30分~40分ぐらいか。達成感がありました。なお、アミノ飲料を飲んだ時に驚くほど肉体が蘇生した。こんな感覚は初めて。のどを通る間にみるみる力が蘇ったが、あれは何だ? あと、さすがに股が痛くなった。シャワーの水にしみた。
振り返ると一人であったのがよかったと思う。自分のペースでケイダンスを見ながら、その身体の感覚を確かめることができた。以下がそのポイント。
・目標は90~100以上においたが、40キロでほぼコンスタントにキープできた。これは嬉しい。
・この日は台風を前に向かい風が強く、モロにあたると80を切るまでに落ちるので、ギアを下げて90をキープ。
・上り坂も同様で、80を切るとギアをさげるが、これはなかなか90までいかない。
・カーブでケイダンスはまずまず要領が分かった。しかし、カーブ時の身体の重心の持ち方がよくわからない。こんど遠藤さんに聞いてみよう。
・カーブからの立ち上がりで平地で90で走っているときは、むやみにギアを下げず、頑張って100までアップすると、また楽な感じとなる。慣性力がつくような感覚だね。
といったところでこの2日でようやくバイクが身近なものとなった。入口に立った手ごたえをもった。よかった。ここまで来るまで7回かな、一つの目安と思います。
でも、まだその「楽しさ」がよくわからない。例えば景色を楽しむのであれば、もっとゆっくりのんびり走ったほうがいいのではないかしら。風を感じるといったスピード感については、もとより怖がりなのか、爽快感より恐怖感が先にたつ。いまは10回を越えると何か新しい世界、楽しさが見えてくるのではないかと期待している。
土曜日のレッスンが終わり、疲れ果てた状態での岩田コーチとおしゃべり。「いまはやっと終わったあ、という感じでしょう」「いっぱいいっぱいですよ。いずれなれてくるんでしょうか」「主観的にも変わってきますよ」。
この「主観的にも変わっていく」とのひとことに大いに惹かれた。いい言葉、いい表現ですね。そそられます。変わっていく自分に出会いたい。楽しみです。
秋を前に 歩く歩幅を 確かめる
雨をつき 風をうけては 身を頼む
一人で裸になって、肉体で戦っている感覚があるね。このスポーツは。それが新たな「主観」をつくるというのは、そもそも始めるにあたって求めていたところでもある。60を前に、余分な思考の贅肉をそぎ落としで肉体に聞いてみる。はたしてどんな答えがかえってくるのだろうか。
カテゴリー: 健康
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2日連続バイク つかんだとことは
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開始1ケ月 人間ドックでチェック!
今日は人間ドックの1日コース。トライアスロンのトレーニングを始めて1ヵ月で、はたして何らかの成果はあるのかどうか。正式な報告は後日だが、本日、お医者様の診断でわかったこと。記憶したこと。
・体重66.7キロで体脂肪は22.3%であった。平成19年1月26日に受けた人間ドックのデータでは、体重66.8、体脂肪率25.3%であったのだから、体重はほとんど同じで体脂肪が落ちている。絞れている。嬉しかったねー。いい感じじゃないですか。これまでは65キロを割らなくては22%台にはならなかったんだから。これで20%を割るのも夢ではない。体重も落ちていけば言うことなしなんだけどなあ。そうすれば自然と20%を割ると思う。
・そのほか特に悪い数字はなかったが、やや酒の量が多く、先生いわく「肝臓に言わせれば、容量をオーバーしている」状態とか。この夏は呑んだものねえ。思い当たります。やはり「基本呑まない」生活へとシフトしよう。気をつければ、多分これまでの量の半分ほどになるのではないか。
ということで、基本的には健康で問題はなしだが、特に検便の検査で血が混じっていいないというのはホッとした。検便の検査なんて、多分、高校卒業以来ではないか? いやあ、安堵した。
ようし、安心してトレーニングに励みましょう。
今日は大井町の自宅から五反田の病院までママチャリで約20分。ドックを終えて六本木の事務所まで20分。帰りは六本木から自宅まで1時間近くかかったけど、こうして自転車に乗るなんて、トライアスロンを始めるまでは考えられなかったなあ。帰り道に近所の自転車屋さんに寄ってみた。ロードレーサーで公道を走るのは怖いが、ママチャリでは坂がキツイ。東京は結構坂があるんだよね。その中間レベルの自転車をみると、予算は5万円から。前が3段、後ろは9段のギアでまあ6~7万というところ。そんなにギアがいるのか、と思うがそういうものらしい。いまは無理だね。当面ママチャリで行ける範囲に限定します。せいぜい30分以内だな。
家に帰って近所のプールで1時間。ポイントはキャッチアップでゆっくり泳ぐリズムを掴むこと。相変わらず難しい。帰宅して一人で食事。2日酒ナシでドックの結果も祝して一人発泡酒2本(何が基本呑まないか? いいかげん!)。
夕立の 気配におびえ ペダル踏む
夏の終わり 夕日を浴びて 風を受ける
明日は早起きして企画の整理と会議の準備。12時に有楽町でビジネスランチで2時半から会議。 -
開始1ケ月 暮らしの雑感 いやあ大変だ!
【時間割をつくる】
現在は週2回、火曜日と木曜日の朝6時から渋谷のTIPNESで1時間の水泳。5時20分に家を出て、7時半に戻ってくる。土曜日は南行徳のTIPNESSで、隔週でバイク+スイムとバイク+ラン。クルマで行き来をしているが、まあ午前中いっぱいはかかる。そして日曜は大井埠頭でのバイクの集まり。アスロニアの遠藤さん、鈴木さんのリードで、アスロニアに集まる方々とトレーニング。大井埠頭は家に近いので助かるが、それでも8時から11時ぐらいまでの時間がかかる。さらにできるだけ家の近くのプールに泳ぎに行く。
このほか、ネットで色々と疑問を調べる、身体の痛みのマッサージにでかける、疲れるので夜は早寝で昼寝もする、ビールが美味しくてよく呑む、呑めば一層眠くなる、そのうえこのブログを書く、といった具合で、いまのところ、相当に時間はとられる。
私は自分で自分の時間を管理できる状態で仕事をしているので、この1ヵ月が可能であったと思う。サラリーマンでも仕事の時間が規則的か、あるいは予測がきけば、自分の時間のコントロールで対応できるかな。むしろより規則的な対応ができるかも知れない。
しかし「タイトな締め切りをかかえている」「その日が始まってみないと1日の予定がハッキリしない」「突発的な事件や事故対応が多い」といった人には、なかなかに難しそう。そうした状態で仕事をしているのは、私の経験ではいわゆる「中間管理職」ですね。
私としてもこの1ケ月はいわば「夏休み感覚」で取組んできたが、このペースでずっと続けられるわけではない。これからは「休みの終わり」を自覚し、仕事を前提にトレーニングを取り入れる「時間割」を作らなくてはならない。これこそが始めた意図であり最も重要な課題。
まずは「呑み」のコントロール。具体的には「呑まない日」を増やしていき、「基本的に毎日呑む」生活から、「基本的に呑まない」生活に転換する。結果呑むのはまあ週に2日ぐらい。きっと毎日がサッパリとして、酒がよりうまくなるように思っている。次に毎朝1日の時間割をつくること。これはもともとやっているが、このところは新たな日常に翻弄されてかなりいいかげんな状態。この習慣を、正しく元に戻す。より厳密にする。人間は習慣の奴隷である。老人へと向かう自覚のなかで、テキパキとしたリズム感で毎日を過ごすことは爽快だろうと思っている。
【減らない体重】
平成19年1月26日に受けた人間ドックのデータでは、身長169.3、体重66.8、体脂肪率25.3%であった。私にとって体重63キロ、体脂肪率20%以下が大きな目標。医者からは「1日1300キロカロリー」と言われ、栄養士さんとその目安のメニューを相談したけど、まあ、厳しいこと。野菜ジュースは砂糖入りかどうか、砂糖入りなら違う銘柄に、フルーツは当面禁止、といった具合に毎日の食生活をチェック。それに向けたダイエットも定常的に行ってきたが、これだけのトレーニングを行うと、もう1300なんて言っていられない。だってお腹がすくもの。しかし、体重は少しは落ちていると思ったら、久しぶりに量った昨日の体重は68.3。これはショックだったなあ。そういえば、お腹は少しはしまったように見えるが、ズボンのきつさは変わってないもんね。
40歳の頃、椎間板ヘルニアで20日間入院をした。入院時の体重は約70で、退院時には63まで落ちてビックリした。ただ寝てただけなのに。原因を考えると、酒だね。3度3度の食事はすべてたいらげていたのだから。
まあ、上に書いたように、酒も控えて、はたして63キロ、20%以下という日常がやってくるのか。それは大いに楽しみである。その体重、体脂肪で歩く感覚は、現在とはかなり違うと思っている。それを体験、実感してみたい。
【体育会系】
と、ここまで書いてきて、「俺は体育会系だなあ」と思う。太宰治を評して「あんな悩みは乾布摩擦で治せる」と喧嘩を売ったのは三島由紀夫だが、私もそうした考え方をするタイプで、過剰な自意識より早起きの習慣のほうが人生とって大切という肉体主義。「部屋の中で自分を抱きしめていても何も天から落ちてはこない、さあ外に出て歩きだ出せ、現代史に参加しろ」という心情。学生時代は中学・高校とハンドボール部で、1回戦で負けたとはいえ、インターハイにも出場した。何を言いたいかといえば、トライアスロンを始めるというのは、学生時代に何らかのスポーツをやった、部活をした、厳しい練習に取組んだ、合宿をした、といった経験がいるのかと思う。
要諦は、「鍛錬」「修養」といったもの。英語でいうとdiscipline、肉体を使っての修練。若いうちにその経験あるほうが、取組みやすいスポーツだと思う。単に楽しいといったレジャーの感覚は乏しいように思う。楽しみはあるが、楽しさのなかに「過酷な要素」があり、それがこのスポーツの魅力でもあろう。それはマゾというより、探究心、到達感のようなものかな。こうした感覚は、これからも確かめていきたいと思う。
せんもなく 振り返るなり 夏の風
老いに向け 鍛えてみよと 虫の声
今日はこの1ケ月を振り返っての雑感。独り言。ひとことでいえば「いやあ、なかなか大変だあ!」。きっとそれがこのスポーツの面白さかと思っている。それは私に合っているとまでは言わないが、不快ではないようだ。さあ、先に進もう。と書いてみて、どうも暑っ苦しいタイプだな、俺は。。。 -
開始1ケ月 種目別の評価 バイクとラン
バイクについては「股が痛い」「立ちごけ」「転倒」という痛みや事故に対するおびえがある。今のところこれがまず先に立つ。また、なかなかに息がきれ、グループで走っていると遅れがちとなる。しかしタイムを求めないのであれば、何とかこなせていけるように思う。取組むうえでの不安はない。だがバイクに乗ることの楽しみといったものをまだ感じてはいない。それが残念だなあ。
きっとバイクならではの風をきる爽快感があるのだろうと思う。ツーリングの醍醐味もあると思う。せっかくだからそれを味わいたいと思っているが、まだその入口を見出してはいない。
となると、開始1ケ月でのバイクの課題は「バイクに乗る楽しみを見出すこと」となる。今はタイムの向上を考えるところにはまったくいない。40キロを自分のペースで走ること、そのなかで何らかの楽しみを見出すことを当面の目標としよう。まずは自分との対話だ。
最後のランであるが、現状は10キロで1時間20分、8キロでちょうど1時間のタイムである。走ることは苦にはならず、むしろ走り終えた後に、シャワーを浴びたような気持ちのよさを感じている。振り返ると以前は1日に1時間歩くことを目標としていた、次にトライアスロンを始めることを決め、できるだけ30分走ることに目標をシフト、その延長で1時間のランに無理なく移行できている。現在の目標は週2回は1時間のランをこなすこと。いまはまだ暑いので日中のランは避けているが、気候がよくなっていけば、この目標は新たな生活のスタイルとして達成できるように思う。ランについては、トライアスロンを始めることにより、その楽しさを見出すことができた。
こうして1ケ月を振り返ると、やはり課題はスイムであることは明白。
スイムについての一番の問題は、背中と腰の痛み。背中の側面、特に右の側面がひどく痛む。はじめは背中がひどく痛むものの、どこが痛いのかはっきりしなかったが、つい最近、自分で痛みの場所を発見した。これは進歩といえるのか?
指で押すと痛む。その痛みは普通の「筋肉痛」とは異なる。「筋肉痛」であれば、指で押すと「痛気持ちよい」感覚があるが、それがない。ただただ痛い。これはちょっよ心配している。白戸さんによれば「始めの3ヶ月は身体づくりの期間」ということなので、この痛みはそのプロセスと捉えればいいのか。また、「痛いときは身体を休める」のは基本だとは思うが、「痛みを感じつつ乗り越える」道もあると思う。そうでないと練習ができなくなるだろう。そのあたりの判断がいまのところの悩みである。
確かめる 痛みはここに たれる汗
六十歳の 手習いにして 夏が過ぐ
開始1ケ月の取り組み評価としては、今年は無理としても、来年には大会に出ることは可能と思える。その手ごたえは得ることができた。
今日は亡き妻の3回忌があり、親戚にトライアスロンを始めた近況報告を行うと、伯母からは「3年たつとようやく始められるのよ。3年まではボーっとしちゃうけど、3年たつと何かを始めたくなる」と共感をいただいた。伯母も早くしてご主人を亡くしているので言葉に切実感がある。妻と親しかった伯母のお嬢さんからは「バイアスロンの大会ならラクだし、出てみると自分のポジションがわかるわよ」とのアドバイスをいただいた。「そうか、彼女もやっていたんだ!」。「何はともあれ健康、健康、健康が一番」ということで場が賑わった。そんな話題を提供できたことも、トライアスロンを始めたことによる楽しみの余禄である。 -
開始1ケ月 種目別の評価 まずはスイム
アスロニアのスクール事業、TTA(東京トライアスロンアカデミー)http://www.athlonia.com/school/index.htmlでのレッスンを始めたのが7月22日、1ケ月が経過した。種目別に現状を整理してみる。
スイム:
「浮く」ことから始まり、今日のレッスンは「ブレスト」。1ケ月を経過して、ようやく「泳ぐ」ということの入口にたった手ごたえは感じる。それはストリームラインの維持、身体の軸を保ったブレスト、身体全体の伸びといったところ。平野コーチからは「身体をもっと伸ばして」「身体が伸びていていいですよ」と声をかけられる。確かに身体がピーンと伸びると、キックの音が耳に響き、無理なくスピードがつく感覚があり、落ち着いて泳ぐことができる。
そこで、身体を伸ばすとはどういうことかといえば、私の理解では、力を入れずに両手を伸ばし、両手で耳を挟む。肩で泳ぐイメージかな。要は肩だと思うのだが、私の肩は硬い。
そこで私の場合、肘を曲げずに腕全体を肩を根っこにブン回すとなんとなく要領がつかめる。平野コーチからも「腕が回るので、練習の時は肘を曲げない方法をとると良い」とのアドバイスを受けているので、まずはこの方法で自分なりのコツを得たいと思っている。
私の場合、この方法でいいことは、両手を前で揃えるキャッチアップのリズムが取りやすいこと、身体の水平バランスがといやすいこともあげられる。水平バランスについては、手を着水するときに身体の中心に着水するとローリングがおきてバランスを崩してしまう。よって気持ちとしては、ブン回した腕を外輪船のように、肩の前に、感覚的にはやや開きぎみを意図して着水している。これは「無理なく長く泳ぐ」からのアドバイス。また、この方法でいくとキックのリズムも取りやすい。何故なのか、左に顔をあげて右足からキックを始めるリズムがつかめる
それとブレストのポイントはアゴをひいて肩を見る、あるいは頭の先を少し沈める感じで腕をかく。息を吐くのは、水中で急いで吐ききってしまうと、あわてて顔をあげる(息を求める)心理が働くことを今日は確認。多分水中は鼻から吐き出し、顔をあげたときに口の周りの水を飛ばしつつパッと口から吐ききるのいいのかしら。それとこれは今日感じたことだが(今日はブレスのレッスンでした)、水の中で全体を吐ききってしまうと浮力が落ちるような感覚があった。
以下、整理。
<今日のレッスンで感じた悪いケース>水中で口と鼻から吐ききる→浮力が落ちる・一方息が欲しくて慌てる→焦って顔をあげて、まず息を吸おうとする→口の周りの水が口に入る→更に慌てる→キャッチアップのリズムがバラバラとなる→息が苦しくギブアップ。
<今日のレッスンで感じた良いケース>
水中は鼻から吐ききるが、肺としては余力を残している→リズムのなかで自然と顔をあげ、パッと水を吹き飛ばすように吐ききる→肩の回転に吊られるように(肩で耳を押さえるように)頭をつっこみ、ブンまわした手を少しでも先に崖を上るような感じで、エイっと伸ばす→このときのポイントはキャッチアップを意識→キャッチアップが出来ていると、足のキックのリズムが安定。
とまあ、これがこの1ケ月で私自身が体で学んだこと。
しかし問題は、上記の良いケースでも、すぐに息が切れて、20メートルでハアハア。それととくにキックを強くしようとすると、息切れが激しい。私としては4ビートでいきたいと思っているが、その感覚がコントロールできない。これがまずは当面の課題だな。
しかし、上級クラスの人なんて、ホントにラクそうにスムーズに泳ぐよね。少しは近づくことができるのか、1500メートルなんて泳げるようになるのか? いやあ、目標にはしても現実の感覚としては想像できないよなあ。
先週土曜日のレッスン。25の往復に途中で立って1分50秒もかかってしまった。平野コーチと「1分以内を目標にしましょう」「どのぐらいかかるのですか1ケ月でできますか?」「そんな簡単ではないですよ、数ヶ月はかかりますよ」「それはそうですよね」といった会話があった。
私の長女は小学校でスイミングスクールを始め、結局高校卒業まで水泳部であったが、彼女によると「水泳は根気よく目標に向けてこつこつやるスポーツ。そこが自分に向いていた」とのこと。確かにきわめて外的な要因が少ない、自分と向き合うスポーツである。だから番狂わせが生まれにくい。そして、日常生活にはない「水中の感覚」を前提とするスポーツである。時間がかかるんだよ。あるいは時間をかければ俺にもできるんだよ。そうだ!
平野コーチと娘の言葉を励みにして、あまり先を考えず、その時々を楽しみながら、コツコツいこうや。
というのが1ケ月のスイムの総括。
学ぶ夏 遠い日が よみがえり
いつまでも 水に遊ぶや 老いに向け
まずは泳ぐことをちゃんと教えてもらえただけでも始めてよかったと思っている。
また、こうしたことは「外国語」と同様に、当初のある期間は集中的に取組んで体をなじませないとモノにならないと思っている。ダラダラやっていてもダメ。このレッスンは10月末までなので、この期間は「いい機会」と思い、できるだけ水泳に集中したいと思う。 -
「立ちごけ」という 言葉を覚える
一昨日のバイク転倒による腰の打撲がまだ痛む。スキーも最後にやった記憶は少なくとも30歳前だったので、ほほこの30年は大きく転ぶということがなかったんだよね。日常生活でも蹴つまずくのはしょっちゅうだけど、大きく転んだ記憶はない。だから、たいした転倒ではないのだが、本人にしては心身ともにけっこうな衝撃であった。
でも、みんなどうしているのだろう? というときに助かるのはインターネット。「ロードレーサー シューズ 着脱」で打ち込むとでてきますねえ。そのなかから「立ちごけ」という言葉を覚えた。私の場合は典型的な「立ちごけ」だね、これは。走ってこけるのではなく、まさに立ってこける状態で、誰が言い出したか、上手いネーミングと感心する。
また「立ちごけ」で痛い目に会っている方も少なくないようで、「これは初心者の多くが体験する通過儀礼のようなものなのか」とも思う。その対応としては、練習を重ねて慣れるしかないのだろうが、それにしても公道では怖いよね。止まろうと思って右に倒れて車にひかれるなんて事故もあるだろう。もっとも私はロードレーサーを公道で一人で乗るつもりはいまのところまったくないのだが、それでも公道の時に履く普通のソールの(足を固定しない)シューズというのは考えなくていいのか? 今度、アスロニアの遠藤さんに聞いてみよう。
立ちこけて 痛みを冷やす 西瓜かな
立ちこけを 調べながらに 蝉の声
水泳もバイクもランも、手探りのなかで「みんなそうなんだ」「そういうものなんだ」と知ることは安心と勇気につながる。こういうときに、インターネットのもたらした文明のありさまというものをリアルに感じる。
ポイントは「これについて知りたい」という動機であり、言い換えれば「動機」さえ明確であれば、多くの知識や繋がりを手に入れることができる。キーワードとしてイメージできるような「明確な動機」、あるいはキーワードを探すなかで「明確な動機」を発見していくこと、これは自分自身との「対話=ダイアローグ」である。情報化社会を示す一つのキーワードである「対話=ダイアローグ」に思いをいたす。 -
8月15日終戦記念日 痛む身体
15日土曜日は南行徳での2回目のレッスン。8時30~9:30までがスイム。10:00から12:00がバイク。さすがにお盆シーズンのまっただなかで参加者は私も入れて7名ほど。スイムのレッスンでは初級者は私だけ。コーチは岩田さんと平野さんの2名で、結果、私は平野さんから個人レッスンを受けることになった。これはラッキーでした。
キック、腕のかき、ブレストとメニューを進め、アドバイスを受ける。
Drillの内容は。。。
①1.2.片手 これは右をかき、左をかき、右でブレスト、左でかき、右でかき、左でブレストと、右・左のブレストを交互に行うもの。私は右が苦手。左手が下がってしまい、顔がうまく上げられない。水をのむはめとなる。でもこれは基本だね。身体を安定させて泳ぐ基本のように思う。「必要ですから今のうちに覚えておくといいですよ」と平野コーチ。
②3.4.キャッチアップ これは手をかきながら、前に伸ばした手を一旦合わせるというもの。通常は左手をかいて前に着水するときは既に右手はかきはじめている。これを右手をかかずに、左手がきて前で揃えるまだ待つというもの。合わさった時点ではストリームラインを描くことになる。この泳法については最近購入した「ゆっくり長く泳ぎたい」という本で推奨されている泳法で、実は前の日に家の近くのプールで試してみていた。この泳法の難しさは手をかかずに前に揃うまで待つということ。がまんできずにかいちゃうんだよ。がまんとは、伸ばしたまま肩を落とさずに浮いていること。力を入れてがまんするのじゃなくて、肩の力を抜いて手を伸ばして「ゆっくり」するがまんなんだね。うまくいくのが4回に1回ぐらいかな。それとブレストが上手くいかない。平野コーチから、ブレストの際に頭があがってしまうので、アゴをひいてサッとあげるようにと注意を受ける。なるほど、なるほど。
次いで、片手を伸ばしたままで、片手のみでかいて進む。右の顔上げがむずかしく、左手が落ちていく。すると平野コーチが左手を支えてくれるのだが、こうすると、いかに右手が落ちているかがよくわかる。これが基本なんだなあ。基本は「浮くこと」というのがよくわかる。いつも安定した状態で浮けることなんんだね。
③5.6.Fist Swim これは手を開かずコブシ状態にして泳ぐ。腕で水をかく感覚をつかむ。進まないのであわてるんだね。落ち着いて泳ぐことができずにバタバタジタバタ。
④7.8.ストレードアーム これは肘を曲げずに腕をまわす。やってみると「腕はまわっているので、練習の時はこれを続けるといい」と平野コーチ。私の感じだと、この方法では比較的からだが安定する。身体を水平に腕だけをグルグルまわす感じ。イメージは外輪船、あるいはカヌーだね。よし、やってみよう。
この日は個人で見てもらうのはよかったが、その分密度が高かったためか、腰が痛い。これまでも痛んでいたが「もう臨界点」。痛くて痛くて身体が回せない。平野コーチに水中での腰のストレッチ方法を教えていただく。これは効果があったがすぐに痛くなる。背中全体が板みたい。
南行徳では初めてのバイク。バイクに出る前に「まだころんでいませんか?」「まだですよ。ころぶような危ないまねはしていませんもの」「ゆっくりところぶというのもありますよ」なんて会話があったのだが、この日はなんと2回もころんだ。2回とも状況は同じ。2回とも、景色がまわように、「ゆっくりと」ころんだ。
・バイクをとめる際に左のシューズをはずす。この際、右の足の位置は上。
・止めるのに焦って、左をはずして、右の足を上にしたまますぐに右足をはずそうとして、そのまま倒れる。
・本当は、左のシューズをはずし、左足を地面につけて止まってから右足をゆっくりとはずす。
この原因としては、2回ともそうだったのだが、止まるまでの距離がない。前に人がいる。つまり急に止まる状態で焦ってしまう。特に左が1回ではずせないと焦りが増す。慌てて右もはずそうとするが、ペダルが上にあるのでははずせず、そのまま右に倒れる。
対応策としては、前の状況を早めに判断し、余裕をもって左足をはずすこと。
特に1回目は腰をしたたかに打って痛かったあ。
ということで、この日は「ともかく痛い!」。大井町の「すずらん」という整体のお店でマッサージ。なんとか楽になる。応対の感じもよかったので、通ってみるかと思うが、保険がきかないんだよね。
腰の痛みは、今朝起きてみて痛みが増していないのに一安心。でもしゃがむのはソロソロと、座るのは恐々と。便座に座るとあたって痛いので、腰を浮かすように用をたす。
ゆるやかに 景色がまわり 青い空
ねがえりの 痛みに眼ざむ 夏の夜
というわけで、今日は日曜日で大井埠頭でのバイクを予定していたが予定変更。カナダより帰国中の長女と、横浜の墓地にお参りに行くことにした。今日はゆっくりと身体を休めよう、なにか本を読もうと思うが、さて何にする。仕事の本はやめておこう。話題の「ミレニアム」か「IN」か。両方とも読み出すと眠れなくなりそうだなあ。さてどうしよう。
今週は特に夏休みではないが、仕事の時間は少なく、トライアスロンへと向かう夏の日々であった。暑い夏だった。痛みで休息というのは神の声だろう。明日からの仕事に向けたウォーミングアップは十分だ。頭は走りながら、泳ぎながら巡っていた。行くぞ、いきなりスパート、トップギアだ。 -
白戸代表の「座学」で「納得」できたこと
8月11日火曜日は「座学」の日。アスロニアで19:30~20:30、今回の講師はアスロニア代表取締の白戸太朗さん。
テーマは「トライアスロンを始める前に」で序論、するべき準備(心理的、身体的、物理的、社会的、生活の習慣)、トレーニング(練習計画を立ててみる、練習日記をつける、一番の近道は基本のマスター!)の3部構成。7月22日のスイムのレッスンから始めてほぼ20日。まったくの「始める前」ではなく、ささやかながらも入口での体験を経て、自分なりの印象や理解をもったところで話をうかがうタイミングがよかった。自分なりの気持ちの整理ができたように思う。
参加者は4名と少なかったが、そのぶん緊密な雰囲気で、これから進めていくうえで参考となり、あるいは納得を得るところが多かった。
私自身の講義内容の確認と、当日来られなかった方々へのご参考に、まずは講義のなかからの私なりのピックアップ。
・やることはたくさんある。でもスタートラインに立っていることに意味がある。始めることに振り切れた時点で3分の1はOK。
・始めると生活を変えなくてはいけない、新しい時間、エネルギーをつくらなくてはならない。これが続いてくると折れることがある。阻害要因はたくさんある。最初に思った気持ちが大切。それをしっかり書きとめて、折れそうになったら見る。
・職場や家庭などでストレスをもたない、無理をしない。何ヶ月、何年のスパンで考える。
・日々の生活は練習のできる環境なのか、ちょっと意識する。時間をコーディネートする、酒、食生活を考える。
・週に1日は完全休養にしようというのもいい。それが週に2日でもいい。
・練習日記、体調日記をつける。1分、2分ですぐに書けることが長続きの秘訣。いつも使っている手帳にちょっと書きとめるだけでよい。自分の習慣や進化などがわかっていくる。
・冬を乗り切る、1年間は続ける、続くための環境づくり、計画づくり。
・3ヶ月でようやくトレーニングのための身体ができてくる。それまでは身体づくりの段階なので、焦らずにやる。たとえばスイムなら、うまく泳げないのは当たり前で、本当の泳ぐレッスンは身体ができてから。
・基本のマスター。これがすべて。時間はかかる。そのために考える習慣をもつ。
私が一番納得できたところは「時間も手間もかかる」ということだ。だからといってそれは苦しいことではなく、むしろ無理のない生活管理、生活習慣を身に着けることであり、それがこのスポーツの良さであって、私が老後のために始めた動機の一つでもあるが、そのことがベースとなった講義であることに安心を覚えた
また、参考になったのは「3ヶ月、1年」という時間のスパン。3ヶ月で身体が変わり、1年で大会に出る準備を整えるというのは、今後に向かううえでの分かりやすいイメージであり、いまの自分の状況からしても妥当なものと思えた。
さらに、このスクールの代表である白戸さんの発言に違和感をもつところなく、自然に受け止められたことは、このスクールへの信頼ともなった。
改めて、「自分自身との対話」を基本ポリシーとしてこのスクールで学ぶことに納得を得た、始めて良かったと思う。
帰り道 夜風にふかれ 独り言
改めて 自問自答の 夏の宵
このところ疲れぎみであったが、新たな緊張感をもった。丁寧に日々を過ごし、トレーニングを続けていきたいと思う。その習慣、暮らしのリズムを身につけたい。 -
意気込んだ、にしては、3回目のバイク
8月9日日曜日、3回目のバイク。場所はいつもの大井埠頭。だいぶ要領もわかり、8時過ぎに家を出て、アスロニアの仲間を待つ。「もう仲間」の感覚というのが、ちょっと恥ずかしくもあり、偉そうでもあり、微妙な居心地ではある。だいいち皆さん私よりはるかに若いしね。
実はこの3回目は、ひそかに心期するところがあった。まったくコテンパンの1回目、なんとかつかめた2回目。それで、3回目となれば、俺の股を痛めるバイクに向かっても、「ようし、イタリア娘を股に挟んでやろうじゃねいか!」といった戦闘精神いっぱいで臨んだんだよね、実のところ。
アスロニアの仲間は2つのグループ、ひとつは上のクラス、今ひとつは初心者に分かれ、私は初心者に参加。いつものように一番後ろで走っていくと、結構余裕。ちょうどそのとき、先に出発した上のクラスが早くも1周を終え、こちらを追い抜いて先に進む。この日の私はともかく戦闘精神旺盛なため、思わず初心者クラスを離れて、追い抜く上のクラスを追いかける。でもなあ、背中は見えるが追いつかない。1周目はまだしも、2周目は完全に取り残されて、ああ一人道。
20キロを走り、公園で初心者グループを待つことしばし。伴走している鈴木さんに出会い、初心者グループに合流して一番後についたんだけど、最後にはこちらも追いつけなかった。淋しい~っ。もっとも初心者グループとここでは私が適当に名づけてはいるが、それは遠藤さんとの会話から私が勝手感じたことであり、見たところは20代後半の肉体たくましく精悍な若者5~6名で、いやあ、はなからかないませんや。
といったことで、3回目はやや意気阻喪。鈴木さんから「だいぶバイクになれてきましたね」のひとことが唯一の慰め。「はい、そうですね」と愛想よく応えるも気持ちは沈みがちな8月9日でした。
30キロでバイクを終え、同じ場所でのランのトレーニング。すると、なんか足が変なのよね。フアフアと空振りしているような感覚で、きっとバイクのペダルの感覚を引きずっているんだろうなあ。暑くて疲れてランも10分で終了。
意気込んで 我見失い 汗が眼に
熱風が ささやくように 落ち着けよ
ということで、当初の意気込みはどこへやら、イタリア娘に金玉握られて退散といったところかな。まあ、いい薬でした。次回はマイペースで40キロを目標に、そのタイムを見てみよう。そこからスタートしてみよう。 -
バイクに慣れていくということは 二回目の体験
8月2日日曜日は第二回。場所は大井埠頭でアスロニアの方々と一緒、というより、考えてみると、アスロニアの一メンバーととしての参加となるか。今回は初めから皆さんと出発。また、前回は初ということで、運動靴を履いていたが、今回は専用シューズで臨んだ。また、股ずれを考慮し、前回はウエアの下にパンツをはいたが、今回はじか。
なお、股痛についてもネットでいろいろと見てみたが、参考になったのは「これは痛いものなのだ。競輪の職業病でもある」といった内容。こんなに痛いのか、と思って乗るのと、このぐらいは痛いものなのだ、と思ってのるのとではまったく違う。要は気の問題という以上に、メンタルのトレーニングであると思う。痛いというと、「そのうち慣れますよ」といわれ、それは間違いないのだが、「慣れる」というなかには、慣れて痛くなくなるのと、痛みそのものを慣れていくことの双方があるのではないか。これは今後確かめていく課題。
今回はアスロニアの鈴木さんに加え、遠藤さんにご一緒いただき、横からギアの指示をいただく。平地では「右を一段重く、はい、ではもう一段重く」、下り坂では「左をギュッと握って、あとは右で軽くして」といった具合で、これが実に適確。痒いところに手が届くとはこのことか。名人だね。手ごたえがはっきりとわかる。
靴の効果もあり、股への気構えもあり、第二回は進歩した感があった。遠藤さんからは「前回は鈴木さんが心配していたけど、いいじゃないですか」。鈴木さんからは「足が回るようになりましたね。全然よくなっています」とお褒めをいただき、ノンストップで30キロ。達成感を得ることができた。鈴木さん、遠藤さん、ありがとう。感謝します。
第二回で感じたのは、自分の身体がバイクと繋がっている感覚。鈴木さんからは、「少しかかとを下げた感じでペダルを踏むようにするといい」とのアドバイスがあったが、なるほど、こうするとペダルを漕ぐ感じから、ペダルを回す~
車輪を回す感覚になる。それが機械との一体感を生み出す。
遠藤さんは「自転車というと簡単に考える人もいるけど、奥深いですよ」とおっしゃったが、そうだろうな。実にテク
ニカルな乗り物であることがよくわかる。この機械と肉体との会話が魅力の一つなのかもしれない。
汗が散る 風を知るかな 陽を受けて
バイク乗り わが身につなぐ イタリアから
「サスペンションがないから、両手と両膝がサスペンションになるんですよ」と遠藤さん。とてもすばらしいアドバイスと思う。初心者がイメージをつくるうえで実にイマジネイティブである。おもしろいなあ。ヨーロッパは馬車の歴史があり、マクラーレンのようにとても高いサスペンション技術と文化をもっている。それがこうした「人がサスペンションとなることを前提とした」乗り物を創るんだ。それが、いま、私の肉体につながっているんだ。そんなところがこの乗り物、スポーツの面白さではないか。あとは、それが好きになるかどうかだね。