カテゴリー: マラソン

  • 今年3回目のハーフマラソン。あーでもない、こーでもないと試しつつ、痛みの出ない走りを模索する。

    今年3回目のハーフマラソン。あーでもない、こーでもないと試しつつ、痛みの出ない走りを模索する。

     この日曜日は「かつしかふれあいRUNフェスタ2015」。荒川沿いを走るハーフマラソンで第1回の開催。1月の谷川真理、2月のお台場FUNRUNに続いての今シーズン3回目のハーフマラソン。

    先の2回の大会では足の指をひどく痛めた。その原因はフォアフットにあるということで、今回のテーマは「足の指を痛めない」ように走ること。フォームとしてはフラットフットになる。果たしてこれで足は痛まないのか、あるいはスピードをあげて走ることはできるのか、そして何よりも自然に心地よく走ることができるのか。
    さて当日。前日の土曜日、前々日の金曜日も飲みが入りけっこう身体に効いている。最近は飲みが2日続くとダメージを受けるようになってきた。身体の芯が疲れたような感覚に胸焼けがひどくなってゲップを繰り返す。では控えれば、というのはわかるが、そうはいかないのが酒飲みである。
    当日は雨模様の天候。前日の夜は雨となったら取りやめと思って床についた。寝坊して慌てて目覚めると実に微妙な天候。降っているわけではないが、今にも泣き出しそうな空。どうしようかと思いつつ準備を進め、気になっている右足小指のマメを削ったらなんと出血。ああ。慌ててバンドエイドを貼るが小さくて大きなサイズに貼り替えなど、まったくの戦意喪失であるが、それでも準備は進み、落ちつかないまま外に出る。
    最寄り駅は京成の堀切菖蒲園。この駅に行くのも、この路線に乗るもの初体験。この年になっての初体験というのはなんでも面白い。ようやく気分も前向きとなってきたが、降りると雨が降り出した。帰ろうかと思うのだが、この雨がまた微妙で、とりあえず行ってみようかと、足を進める。そう、とりあえず、とりあえずと言い聞かせているうちに荷物を預けてスタートラインに立ったが、それでも降りだしたら10キロで止めようと言い聞かせる。

    いつものレースどおり、最後尾からのダラダラスタート。ほとんどハーフジョグぐらいの感覚で、息が切れない程度に走り出す。そうすると雨があがってくるんだなあ、これが。10キロ折り返しのところでUターンしようか迷いもしたが、ようやくそこで腹をくくった。
    ともかくフラットフット。それに加えて腕をしっかりと振り、一歩一歩直下にしっかりと足を落としていく体重移動の感覚を全身で確かめる。手元時計の感覚はキロ7分半ぐらいかなあ。ペースはあげず、ともかくフォームに意識を集中。エイドステーションではユックリ休んで給水。まんまLSDのトレーニングとなった。
    そして折り返し地点では、右はまったく問題ないものの、左に違和感が発生。さあ、本番はこれからだ。
    右はなんともないが左はだんだんと痛みが増していく。でも前2回のような耐えられない痛みは襲ってこない。さらに意識して腰を回すと痛みが和らいでいく。そのおかげか15キロ前後で、両足ともほぼ痛みのない状態となった。でも、ちょっと油断をすると痛むのだ、これが。油断というのは体幹への集中意識。この意識が働いて全身を使っている感覚があると、なんとかいけそうな気分となる。スピードも上げたり落としてみたり、ともかくいろいろ試して「痛まない形」を探し出す。
    そして最後の3キロは意識してスピードを上げてみた。といっても7分を切るぐらいだと思うが、このフォームで速く走るにはどうするか、そのイメージをつかみたかった。面白いのは足の痛みはスピードとは関係ないこと。スピードを上げても痛みが増すわけではない。フォームへの意識が働いたか、かえって痛みが和らいだ。
    雨空の 遠くを眺め 風寒し
    タイムはネットで2時間42分。今回は仕方ないな。手ごたえとしては70%。
    問題に向けていろいろと考えてみて、試してみて、修正をして、確かめて、悩んでみる。
    たぶん料理を作るのもそんな感覚かなあ。
    ポイントは連続的な行為であるということ。
    早々に帰宅して風呂。ダメージは前2回より少ないことに安堵。
    次に走るときはどうなっているか。土曜日の練習が楽しみだ。

  • 足の痛みを足と語り合う。じっくりゆっくり付き合っていこう、という枯れた心境。

    足の痛みを足と語り合う。じっくりゆっくり付き合っていこう、という枯れた心境。

      足の痛みというのは、難しい。この前の日曜にお台場のハーフマラソンに参加。天気もよく、まあ、調子よく走っていたのだが、15キロあたりから足が痛み始めた。主に左足の指の付け根が痛い。特に親指は指先から母指球にかけて痛む。足を地面に打ち付ける度に痛みが増し、右の足にも痛みが始まり、左足は、もう、電流が走るような痛み。あまりの痛さに立ち止まり、何回も歩くはめに。でも歩いても痛い。そこで痛みの少ないフォームを探しながら、ソロソロと走る。

    終わってソックスを脱ぐと、見た目はなんともない。まったく平気な面をしている。そして痛みもひいていき、足も引かずに歩いて帰路につく。あとは風呂に入ってモミモミ。じわっと痛みは残るが、常に意識するほどではない。なんだかなあ。
    この痛みは以前からあったが、それでもフルマラソンをこなしてきた。それがひどくなった。先月の荒川ハーフマラソンも痛みが出て最後は悲鳴をあげながらとなったが、立ち止まることはなかった。
    こんな状態ではとてもフルマラソンなんて出られないなあ、というのが直後の感想。

    そこでいろいろと考えることになる。前回のハーフでは、5本指ソックスが原因の一つかと思い、今回は普通のソックスにした。靴は前回はレース用のものだが、今回は練習用のものにした。こちらのほうが足に余裕があり、ゴム紐にしているため、着脱しやすく重宝している。前回より痛みがひどいのだから、この靴が原因の一つかもしれない。ソックスについては、まだ判断保留だが、当面五本指ははかないなあ。
    一番の原因と思っているのがフォアフットのフォーム。このフォームを意識しだしたのは、いつからだったか。去年は青梅、板橋Cityに参加し、共に完走できたのだが、さて、このときのフォームはどうだったか。なんと、思い出しても、よくわからない。でも、今年のマラソンシーズンは、フォアフットへの意識が高まっていることは確かだ。
    だから、フォアフットをやめてみる。これが一番ということで、今日のラントレはフラットフットを意識したのだが。今日のメニューはキロ7分のジョグを1時間だったのだが、45分で痛くなり、やむなく中止した。日曜の痛みが残っていたかなあ。
    そして足の底を鍛える。タオルギャザーなど、足指トレーニングを研究しよう。それとソックスだが、ショップで相談をしてみるか。

    足の痛みを振り返ると、初めに遭遇したのが足底腱膜園。ソールを特注した。次がアキレス腱。共にメインはあ左足で、今回の痛みも左足だ。身体のバランスなのかなあ。
    まめにストレッチングを行い、いまは双方ともなんとか何とか収まっているが、これもいつ出てくるか、戦々恐々ではある。
    つまり、いつも常にどこかが痛んでいるという感覚がある。
    そして、ストレッチも大切であるが、筋肉を鍛えることが必要との認識がある。
    それで、今回のことで感じるのは「まあ、仕方ない」。イライラせず、ゆっくり、じっくりと痛みと付き合い、いろいろとためしてみる。そうするといつしか痛みは薄れるか、なくなるか、違うところに移転する。まさに肉体との会話だなあ。
    足の痛みとの格闘の果てに、随分と枯れた心境になったことを実感。これを収穫としよう。
    菜の花や 走るリズムで 目にさやか
    春が近くなってきた。このところ、この1年のレース予定に取り組んでいるが、まずは5月17日の横浜・スプリント、6月7日のセントレアで初のハーフとなる。どうなることやら。セントレアをターゲットに身体をつくっていこう。
    写真はレースではいた練習用のシューズ。気に入っているんだけどなあ。

  • 明日63歳になります。久しぶりのブログ再開です。

    家の前は雪景色です。
    私が生まれた1951年2月16日はいまだに戦後最高の積雪でした。
    関東ではこの時期が雪のシーズン。雪が降ると春が近づいてくる。春と同時にアレルギーもやってくる。先週からひどい鼻炎で泣かされている。
    昨シーズンを振り返る。
    ・青梅マラソン 完走
    ・板橋シティマラソン 完走
    ・房総でのバイクエンデューロ
    ・幕張トライアスロン(スプリント) 完走
    ・館山トライアスロン(51.5) スイムでタイムオーバー
    なんとも情けない状態で、振り返ってみれば毎週土曜日のATAの練習に出るのが精いっぱい。体重も4キロは増えて、いまようやく増加傾向が止まったところ。これまでの最少体重からすると8キロオーバー状態なので、なんとか8キロダウンにしたい。
    体重を落とすことについては、こんな経験がある。
    40歳ぐらいに椎間板ヘルニアで25日入院した。その間3度3度の食事はきっちりととっていたが、なんと7キロもダウンして我ながらビックリ。食べて寝ているだけでどうして7キロの体重減になったか。原因は明快。酒ですよ、酒。
    その後も、20日間の断酒で5キロ減の実績もある。
    さて、今回はどうかなあ。何かといえば断酒ができる気分ではないこと。一人暮らしでの断酒は実に難しい。前回の20日間の断酒のときは家族がいたものなあ。
    今年はちょうど1か月前の1月26日の館山若潮マラソンが初レース。これがDNF(Do not finish)となってしまった。マラソンはこれまでフルを2回、青梅の30キロを1回。ハーフを2回走っているが、記録はともかくすべて完走してたのに、初の途中棄権。実は昨年末より左足のアキレス腱を痛め、恐る恐るの参加であった。しかし走り出せば「なんとかいけそう」の体調で「ヨシッ」と気合を入れたのだが、25キロのエイドステーションで立ち止まって水を飲み、走り出そうとしたら、いきなり右の膝が痛んで走るどころか歩けない状態となった。ポンとスイッチを入れたように動けなくなった。ネットで調べるとランニング二―というやつのようだ。
    なんとか33キロの回収場まで歩いてバスに乗せてもらった。
    そこでわかったこと。
    これまで歩いている人がよくわからなかった。歩けるならゆっくりでも走れるだろうと思っていた。でも違う。あれは歩くのが精いっぱいなのだ。それがよくわかった。
    次に、やはり体重だな。身体が重いので足を痛める。それと合わせての身体づくりをこの1年怠ったつけがきているようだ。まずは体重を落としてストレッチングを励行しよう。
    ということは、それなりの時間割を作ること。お酒を飲まなくてもいいような時間割をつくること。
    64になってもこんな基礎的なことを書いて我が身を励ましている。進歩がないなあ。
    雪を踏み 一歩前へと 言い聞かす
    足が痛むのは寒さのせいもあるのかなあ、などど思っている。

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  • この週末のトレーニングはスイムにランにバイク。

    この週末のトレーニングはスイムにランにバイク。

    このところ、とても気の滅入る状態が続いている。何かといえば先送り。向かい合わなくてはいけない、始めなくてはいけない、放置したままではいけない、いけないいけないと思いながら先送りで毎日毎日が過ぎていく。
    何を先送りしているのかといえば、これが多くていちいちあげていられないほど。朝になると5分でやるべきことを書き出し、5分で優先順位をつけるといった基礎動作は一応やっていはいるのだが、こなしていけない。
    連休で一挙に成果を!と思いをかけていたのだが、結果は得られず、いったい何をしていたのだか、思い出すとよくわからない。なんてこった。
    そんな状態でトライアスロンなんて、お前何やっているんだよ、と非難する声が私の中にあり、どうももやもやとした気分であったのだが、この週末はATAのトレーニングが休みで天気の良いこともあり、思い切って自主練にかけた。
    土曜日は千駄ヶ谷のプールで1700メートル。長く泳ぎたかったのだが、混んでいたため、100メートルのスピード練習に変更。改装後の千駄ヶ谷のプールは初めてで、楽しみにしていたのだが、タイルの張り替え以外はあまり変わり映えしなかったなあ。
    でもやや低めの水温の深いプールは気持ちよい。がんばって100メートル2分30秒ぐらいまではいけました。とても遅いけど私としては満足。
    1時間でスイムを終えて次は皇居ラン。1周めが1時間3分で2周めは1時間1分。2周目は1時間を切れたとおもったけどなあ。
    シャワーを浴びて枝豆、焼き鳥とビール。
    そして日曜は千葉県成田市でのバイクのエンデューロ大会。3時間ソロの部。休みなく3時間もバイクに乗りっぱなしなんて初めての体験。おしりは痛いし、全身で消耗を感じたけど、満足感はあった。いい練習だったと思う。疲れても足に負担なくペダリングすることがテーマだったのだが、2時間ぐらいでイメージがつかめるようになった。
    1周1.5キロのコースをぐるぐると回るもので、走っている感じではダントツの最下位だったと思っていたけど、速報を見たら私の下に2人もいる。驚き!!
    さて、これで気分をリセットして、明日からは「先送り」をビシバシと片付けていくとなればいいのだが、どんなものかなあ。
    還暦を過ぎての先送りのストレスについては、いつかどこかで書いてみたい。
    青い空 燃える若葉を 走り抜け
    ともかく気持ちいい疲れに身を浸している。
    さあ、明日から仕事仕事。
    写真は今日のバイク会場。

  • 板橋Cityマラソンの大会結果。ネットタイムが4:58:08。

    今日の話題はラン。
    3月24日の板橋Cityマラソンの大会結果が発表され、ネットタイムが4:58:08。手元時計でぎりぎり5時間を切れたかとどうかと思っていたので、ああ、よかった。昨年の同じ大会がマラソン初参加でネットタイムが5時間7分だったので、約9分の短縮となる。キロ10秒程度の短縮で、約キロ7分ぐらいか。
    1か月ほど前のトレーニングで、1キロのタイムトライアルを行い、約5分で走りきることができた。身体は目いっぱいで、息が切れ、もうこれ以上長くは走れないという状態であったが、キロ5分で走るということがどういうことなのかが把握できた。要はフォームなのだが、そのフォームを持続させる力強さも必要なことを強く感じた。
    よく「キロ5分のジョグペース」という声を耳にするが、遠い世界の話だなあ。高校時代の私であれば、どの程度のペースで走っていたのだろう。歳をとるというのは力が入らなくなるのだということを実感する。
    次いで昨日の土曜日のランのトレーニングは5キロのタイムトライアル。結果は28分38秒。1キロ5分43秒のペースであった。自分の感覚では初めの1キロが60秒近くかかり、だんだんとペースをあげていき、ピークはおそらく3キロ~4キロで5分30秒程度で、最後の1キロはバテてタイムを落とした感覚がある。
    トライアスロンのトレーニングを始めたころにキロ8分のペースで10キロを走ることができて感動したこと、キロ6分のペースにとてもついていけずにちぎられたことなどを思い起こせば、まあ、ようやくここまで来たという実感がある。
    そのうえで、タイムへの挑戦をしてみようかと思っている。というよりも、より速く走ることへの挑戦というほうが実感に近い。安定した呼吸とピッチと歩幅でスピードを上げていく。遅いながらも、スピードをあげて走ることは、それなりの爽快感があり、その感覚を拡大してみたいと思っているのだ。
    まず5キロのペースを5分30までアップし、できれば5分までを目指してみる。
    前回のブログに書いたように、体力の衰えを感じる今日この頃。そんな状態のなかでスピードアップを目指す。そのための生活管理、トレーニング管理を行う。
    このところ走り出すもののつらくてやめてしまうことが度重なっていたが、その反省から、走りだしは思い切りのスロージョグとすることで、いい感じをつかんでいる。腰を伸ばしてフォアフットへの着地を意識し、ピッチを早くする。縄跳びしながら走っているような感じだな。そして体が温まるのに合わせて、同じピッチの維持と着地を意識して歩幅を徐々に広げていく。距離は最低2キロで長くで5キロ。こんな感じを少し続けていこうかと思っている。
    なぜ走る 春に汗かく 心地よき
    汗をかくのが気持ちのよい季節となっている。季節に合わせた暮らしのリズムを楽しみたい。

  • どうも身体の衰えが加速しているような。

    昨日は本来であればPARACUPのハーフマラソンの予定だったが、大型低気圧による雨の影響で中止となった。昨日は雨も過ぎて、風は強いものの快晴。日差しが心地よく江戸川沿いに走りにでかけたのだが、身体が重く息がきれ、1キロでギブアップとなった。これでは大会に出ていたらどうなっていたか。
    どうもこのところ走り出してもすぐにギブアップしてしまうことが多い。以前から走りだしは身体がきつく、それでもゆっくりとジョグを続けて10分もたてば身体が温まって調子がでてきたのだが、その10分が続かなくなっている。
    先日の板橋Cityマラソンでは、手元時計で5時間。昨年の5時間7分を上回っているのだが、どうも基本的な体力そのものが落ちているような気がしている。
    これはランばかりでなく、スイムでもそうなのだが、自分としてはフォームはよくなっているのだがスピードが落ちているようである。
    スイムは25メートルで40秒、ランはキロ6分15秒程度。
    これは次のステップアップへの壁なのか、あるいは体力の衰えなのか。
    それと、このところやたらに眠い。昨日もパソコンに向かわなくてはと思いつつ、ソファーに横になり、結局は何もできず進まず。
    どうも気になるなあ。どこかが悪いというわけではないが、体調が思わしくない。
    というわけで、ストレッチと筋トレを日常的に行うようにしょうかと思っている。1日に30分程度をその時間にあてる。身体を整える感覚かな。
    いずれにしろ年齢に従って体力は衰えていくわけであるが、それなりに気持ちのいい体調を維持していきたい。あるいは年齢とともに、その意識は高めていかなくて、という感覚か。
    一人聞く 春の嵐の 窓の音
    体重、血圧、脈拍など。自分の身体の計測には熱心ではなかった。ランの計測時計も持っていない。自分の感覚だけで身体の調子をつかんでいる。ものぐさなんだよ。やってみようかな。

  • 板橋cityマラソン完走。ギリギリ5時間きりか・・・

    板橋cityマラソン完走。ギリギリ5時間きりか・・・

    24日の日曜は板橋cityマラソン。昨年にこの大会でマラソンの初挑戦。時間が5時間7分37秒。昨年は初挑戦としては我ながらよくっやった感があり、まだ伸びしろもあると感じた。
    そして今年のタイムは手元時計でギリギリ5時間。うまくいけば5時間を切りたいとは思っていたが、果たして切れたか、あるいは少しオーバーか、正式な結果を待ちたいが、この記録についての感想は微妙なところ。
    この1年、けっこうフォームも覚えて、多少は楽に走れるようになった手ごたえがあり、それからすれば4時間50分ぐらいは、とも思っていたが手が届かなかったなあ、の思いも残る。
    昨年は35キロを過ぎてからがヨレヨレで、足にけいれんも起こしてつらかったという経験も踏まえて、今年は35キロを過ぎてもしっかりフォームで走ることができたのには大いに満足しているのだが、おそらく20キロまでのタイムが昨年より悪かったかなあ。
    などどあれやこれやとこねくり回している。
    まあ、大きく言えば、今年もフルマラソンを無事完走できてよかったということ。もう少しフォームを固めれば4時間50はいけるかなあ、などど思えていることがよかったということ。
    多くの人はこの年齢になると毎年記録が落ちてさみしい思いをするとのことだが、58歳で始めたおかげで、最低ランクながら記録はアップしている。記録にこだわるわけではないとはいえ、気分が悪いはずもない。素直に喜んでいる。
    レース後はチームの仲間2人と焼肉屋。生を2杯。そこから一人九段まで出て靖国神社で一人花見を楽しんだ。
    花見の風景としては、私はここが好み。上野はビニールシートの宴会風景が趣味に合わず、もっぱら上を見て歩く。谷中の墓地はややさびしい。洗足池の起伏も好みであるが、もう出かけるには遠すぎる。
    妻を亡くしてからは花見はもっぱら一人となった。ワンカップ1杯、焼き鳥1本でこの風景を胸に、長居は無用と靖国を後にした。
    夕暮れに 灯る明かりで 花見酒
    マラソンで 痛む身体で 花を愛で
    あと何年こんな花見ができるだろうなあ、と思ってしまった。

  • 板橋cityマラソン1週間前のLSD

    昨日はスイム&バイクのレッスン。今日は1週間後の板橋cityマラソンを意識して1時間30分のLSD。とにもかくにも1時間30分というのがポイント。16:15分から17:45まで江戸川沿いのランとなった。
    意識したのは何よりもフォーム。フォームをしっかりと保つことで、呼吸を安定させたままの状態でスピードを上げる。最後の1キロはかなり頑張って走ったのだが、タイムはキロ6分ジャスト。6分を10秒ぐらいは切れるかとおもったけど残念でした。
    ただし、ランのスピードはもう少しあげることができるように感じている。要はフォーム。もう少しダイナミックに膝をあげて腰を伸ばす。着地はあくまで前着地。これができて確実なピッチが刻めれば少し早くなるかな。
    板橋のマラソンは昨年初参加。というよりマラソン初参加が去年の板橋。タイムは5時間7分ほど。今年は5時間を切れるかなあ。昨年は35キロからがまったく足が動かず、ピクピクと痙攣をおこして歩く人にも抜かれるようなありさまだったが、今年はどうなるかなあ。
    大会までやることは朝の散歩、酒を控える、丁寧なストレッチング。積極的にいってみよう。
    江戸川の 川風受けて ひた走り
    今日はかなり多くの人が江戸川沿いを走っていた。

  • 閑話休題。思いつくままの感慨。

    フルマラソンから1週間。昨日は土曜レッスン。スイムはコースロープをはずしての実戦トレーニングで、ひたすらにグルグルとまわる10分泳が疲れたなあ。ランはマラソン以来の走りだが、30分のジョグというリセットメニューで気持ちがよかった。
    さて、1週間前の人生初マラソンを振り返ってみると、フルマラソンを走った後の身体の痛みはどうなるのか、かなり恐れていたのだが、幸いにして太股の前の筋肉痛程度で、特段大きなダメージはないので一安心。昨日も30分を大きな問題なく走ることができた。
    フルマラソンの前に風邪をひいて、自分としては十分なトレーニングができず、例えば1回は30キロランをしたいと思ったがかなわなかったということがあったが、無事に完走することができた。
    確かに35キロを過ぎたあたりからは大いにつらかったが、いつも感じる指先の痛みを回避することができた。幸いにも耐え難い痛みとの闘いは訪れなかった。
    レース後は仲間と中華料理に行き、気持ちよくビールと紹興酒を楽しんだ。さらに家に帰って缶ビール2本を追加した。そして翌日は無事に目覚め、スイム自主錬で身体をほぐし、土曜日のラントレも30分のジョグで気持ちのよい汗をかいた。
    次回は今回よりいい状態となるかどうかはまったく分からないが、それでも自分ではいま少しの伸びしろがあるだろうとの手ごたえも感じている。
    と書き出していけば、大いに結構ではないか。
    しかし一方、もろ手をあげて大満足、初マラソン完走で大感動、なんて気分にまでは至らないのは何故だろう。第一には自信はないが多分走れるだろうと思っていたことはあるが、私なりのレースへの姿勢があってのことかと思う。
    ゴールを抜けての感想としては、よく覚えてはいないが、まずは「ようやく終わった」。そして「多分もう1回はマラソンを走ってみたらどうなるかなあ」といったことのように思う。いたって穏やかな心境であった。
    前回も書いたが、今回のマラソンでも私は確たる目標を設定してはいなかった。完走できればいいだろうし、多分できるだろうと思っていたが、そんなことは走ってみなくちゃわからんだろうというのが本当のところ。タイムにしても初参加なので目標もない、というよりタイムについては、私の場合、予想はあっても目標という感覚は乏しい。
    レースの組み立てにしても、よく調子にのって行き過ぎてはいけないというアドバイスがあるが、これはトレーナーの石橋先生とも話をしたのだが、気持ちよく行けそうであれば行ってみればいいではないかと思っていた。
    つまり私の感覚では、レース全体が自分を確かめる楽しみであり、目標を達成するといったものではないのだろうと思う。
    タイムも目標というよりもいまの自分を確かめる結果なのだ。それは例えば身体検査ででてきた数字のようなもの。予想より大きく悪ければ矯正したいし、良ければ気持ちがよいが、かといってこだわるものではない。あるいはこだわるレベルでレースに向かっているわけではまったくない。
    今回の5時間7分も、あともう少しで5時間以内とは思うが執着するものではない。次回はなんとか5時間以内なんて目標がわきあがるわけではない。次回は次回。どうなるのかわからない。
    ただ、次回の自分のレベルとしては、身体検査の数値が全体として上向くような感覚で、アップを目指したいとは思っている。
    こうした私の感覚はトライアスロンという競技にあっていると思う。また、フルマラソンの肉体のダメージはトライアスロンのオリンピックよりははるかに大きく、背筋も痛む。やはりトライアスロンという複合スポーツにに進んでよかったと思う。
    言い換えれば、まず、日々の練習を楽しむことが何よりの基本。そのうえで、自己確認の場、仲間との社交の場としてレースを楽しむこと。
    そんな感覚でトライアスロンを続けていこうと思う。
    春の日に ジャージーを干す 独り者
    身体から 流れる汗に 春の風
    ようやく春がやってくるようだ。
    今年の冬は長かった。
    トライアスロンを始めて3回目の冬。
    ようやく地に足をつけて過ごすことができたように思う。

  • 61歳初マラソン体験記。タイムは5時間7分。

    3月18日は板橋cityマラソンに参加。これまでハーフは3回経験しているもののフルは初体験。タイムは手元時計で5時間7分であった。2月の神奈川マラソンでのハーフの記録が2時間3分。
    お世話になっているパーソナルトレーナーの石橋先生によれば、この年齢ぐらはハーフで2時間以内、フルで5時間以内が目安ということであるが、ハーフ、フルとも少しオーバー。「あと少しだ、もっとがんばれ」という神の叱咤激励とも思うが、どうにも座り心地の落ち着かない気分ではある。
    フルについては、その過酷さをさんざん聞かされてきた。
    「足を切って捨てたくなった」「35キロからはパタリと足がとまって動けない」「なんでエントリーしたのかと思っちゃう」「フルはともかく痛みとの闘い」などなど。
    初めてハーフを走ったあとは、「私はこれで十分。フルには行かない」という気分であった。それがなぜフルを目指したのか。
    ひとつには、チャンスが身近にあるのだから、人生1回ぐらいマラソンを走ってもいいだろうという思い出づくり。生きているうちに1回は富士山頂でご来光を拝んでみたいというわけだ。生きているうち、元気なうちにすませておきたいことが気になる年齢になっている。
    いまひとつは、トライアスロンのロングに挑戦するには、フルマラソンを走れなくてはならないということ。いやいや、なにもロングに挑戦しようという気持ちはいまはまったくない。ただし、成り行きででやっていくうちに、いつしか参加のスタートラインに立つこともあるかもしれない、といった思いはあり、ATA南行徳の仲間も多く参加することもあり、背中をおされる気分で参加をしてみた。
    話は横にそれるが、先般亡くなった立川談志は色紙を頼まれると「人生成り行き」と書いたという。『人生、成り行き―談志一代記― 』 という本も出ている。
    これはいつぐらいからのことか、目標を明確に設定することの重要性があちこちで指摘されている。目標も短期・中期・長期と分け、しかも紙に書き出すことが大切。ATAのレッスン(座学)でもそのプログラムがあった。
    特に競技スポーツなどでは、そうした自己管理は絶対に必要なものと思うが、人生の心構えとして肝に銘ずるかといえば、私はちょっと違うタイプの人間なのだ。前を向き、明日に向かって顔をあげ、確実に足を踏みしめていく感覚がどうにもなじめない。身につかない。
    生きていくとは分けもわからぬ明日に背を向けて、これまで歩んできた過去と足元をを眺めつつ、おずおずと後ずさりをしていくものというのが私の感覚である。時折そんな私の肩をたたくものがあり、私は明日に向けて振り返る。明日からの風が頬をなでる。それを人は希望という。人生成り行き、行き当たりバッタリ。この年齢になり、もう少し計画的に生きてきたならば、と思いいたることは多々あるが、これが私なので仕方がない。
    よってマラソン参加も成り行きであれば、レースも成り行きで、タイムも成り行き。まあ、まずは走り出して自分の様子を確かめ、なによりもリズムを意識して行けるところまで行ってみようというわけだ。
    それで行ってみると、1キロ6分30秒のペースになじんで、10キロで1時間4分、20キロで2時間9分、折り返しで2時間17分だからペースは安定していたわけだ。折り返しでは、正直うまくいけば5時間を切れるのではと思った。
    でも30キロで3時間25分ということは、10キロペースで10分の遅れ。20キロまでは給水も行わずに走りきったので、30キロまではマメにエイドステーションで立ち止まり、補給のうえ軽くストレッチをしていたから、その分もあったかと思うが、1キロ7分をこえるペースとなり、40キロでおそらく4時間50分ぐらいとなると、最後の10キロは1時間25分、1キロ8分強のペースにまで落ちた。最後は早歩きの人にも抜かれたものね。
    肝心の痛みだが、走る前に気になっていたつま先の痛みは、幸いにも今回は発生しなかった。これが何よりも嬉しい。30キロを過ぎると太股の前、次に股関節と痛みが発生し、35キロを過ぎると脛の痙攣が始まり、一足ごとにぴくぴく。そのうえ、このところ調子のよろしくない痔がでるのではないかとびくびくしながら、肛門に力を入れる。
    でも、耐え難いほどの痛みはなかった。神奈川マラソンのハーフのほうがつま先の痛みではるかにつらかった。でも足が動かない。必死に腰を立てて足を振り上げるのだが、前にいかない。走ってみなくてはわからない「足が動かない」状態を体験して、これがそうななんだと一人納得をした。不思議に笑顔がもれた。
    氷雨受け 40キロを 走り抜け
    ゲート見え 最後の2キロの 長いこと
    初の体験を、かみしめながら楽しめた。
    女性ランナーのゆれるポニーテールを見ながら、頭の中にプリンスの歌が巡った。
    還暦を過ぎ、こんなことになるなんて、成り行きだからできたことで、目標にするなんて、考えてもみなかった。
    だからこそ人生は面白くまた容赦もない。