カテゴリー: 老い

  • 「老いの暮らし方」こそがこのブログのテーマなのだ!!

    「老いの暮らし方」こそがこのブログのテーマなのだ!!

    昨日のブログの追加です。
    このブログはタイトルのように「トライアスロン」をテーマとしてはいるのだが、それより先に「老い」があり、かといって「老人にとってのトライアスロン」がテーマというより、さらに考えれば、「トライアスロン」はあくまで素材に過ぎず、「老いの暮らし方」こそが本来のテーマなのだ。

    私はいま63歳だが、55歳で妻を癌で亡くし、長女、次女、長男の3人の子どもはいるが、それぞれ独立して一人住まい。勤め人ではないので定年はなく、主にイベントや地域活性化などのプロジェクトのコンサルタントとして仕事に励んでいる。それはそれでなかなか刺激的ではあるのだが、年金で悠悠自適といった状態にはほど遠く、いまだ日々のやりくりに苦労している状態だ。「いつまで続く泥濘ぞ!!(笑)」。
    この状態でなんら暮らしの核をもたず、日々のやりくりのみに翻弄されるのは、ちょっとかわないよなあ。

    そんな私にとってのトライアスロンとは何か。トライアスロンに向かい、トライアスロンについて書くことが日々を考え、支える力ともなる。これが私にとってブログを書く第一の意味かと思う。
    何も考えず、呼吸をするように、力を抜いて、自然に生きていく形もあるのかもしれない。しかし、これは性分なのか、書くことにより考え、自覚をもち、我が身を律して生きていきたいと考えている。
    無自覚ではなく、自覚をもって日々を管理していきたいと思っている。というより、それ以外の生き方がよくわからない。多分、毎日酒を飲み、漫然と肥満を重ね、歯槽膿漏となって歯を失い、老いを重ねていくのではないか。そんな恐怖がある。そうはありたくない。自覚をもって身体に刺激を与え、日々を生きることは、気持ちよく毎日を過ごす極めて実践的な方策であると思うのだ。

    トライアスロンは生涯スポーツとして始めた。トライアスロンはライフスタイルと考えている。そしてトライアスロンについて書くことが、暮らしの核になる考える。
    であれば、このブログは老いを前にして、スポーツを通して暮らしの核をもとめる男の実践的な報告となる。それが、誰かにとって、何らかの参考となれば幸いだ。

    随分と回りくどい内容となったが、しばらくはこんな感じかもしれないなあ。
    この日曜の大会に向けて、今日は朝のうちに、まず自宅で丁寧なストレッチング、ジムでスイムを1000メートル、スピニングバイク15分、トレッドミル10分で大会への準備をととのえた。改めてこうやって書くと気合が入る。
    台風が心配だが、3種目を無事にできることを祈っている。
    猛暑日に 嵐来るや 空を見る
    今回は独り言のようなものでした。

  • どうも身体の衰えが加速しているような。

    昨日は本来であればPARACUPのハーフマラソンの予定だったが、大型低気圧による雨の影響で中止となった。昨日は雨も過ぎて、風は強いものの快晴。日差しが心地よく江戸川沿いに走りにでかけたのだが、身体が重く息がきれ、1キロでギブアップとなった。これでは大会に出ていたらどうなっていたか。
    どうもこのところ走り出してもすぐにギブアップしてしまうことが多い。以前から走りだしは身体がきつく、それでもゆっくりとジョグを続けて10分もたてば身体が温まって調子がでてきたのだが、その10分が続かなくなっている。
    先日の板橋Cityマラソンでは、手元時計で5時間。昨年の5時間7分を上回っているのだが、どうも基本的な体力そのものが落ちているような気がしている。
    これはランばかりでなく、スイムでもそうなのだが、自分としてはフォームはよくなっているのだがスピードが落ちているようである。
    スイムは25メートルで40秒、ランはキロ6分15秒程度。
    これは次のステップアップへの壁なのか、あるいは体力の衰えなのか。
    それと、このところやたらに眠い。昨日もパソコンに向かわなくてはと思いつつ、ソファーに横になり、結局は何もできず進まず。
    どうも気になるなあ。どこかが悪いというわけではないが、体調が思わしくない。
    というわけで、ストレッチと筋トレを日常的に行うようにしょうかと思っている。1日に30分程度をその時間にあてる。身体を整える感覚かな。
    いずれにしろ年齢に従って体力は衰えていくわけであるが、それなりに気持ちのいい体調を維持していきたい。あるいは年齢とともに、その意識は高めていかなくて、という感覚か。
    一人聞く 春の嵐の 窓の音
    体重、血圧、脈拍など。自分の身体の計測には熱心ではなかった。ランの計測時計も持っていない。自分の感覚だけで身体の調子をつかんでいる。ものぐさなんだよ。やってみようかな。

  • 久しぶりのブログの再開

    正月のご挨拶以来、お休みにしていましたが、ちょっと書く気になりました。
    今日はいつもの江戸川沿いのコースを1時間30分。おもしろいなあと思うのは、今日はまず走り始めて5分でストップ。どうしようかなあ、と頭で考えている。どうしようかなあというのは、どの程度、どのように走るかということ。さらに喉の渇きを覚えてさらにどしようかと思っているうちに面倒になって歩くことにした。まあ1時間は歩いてみようと思って歩き出したが、10分程度歩いているうちに、身体がいらだちを感じて、キロ8分ペースでのろのろと走りだし、よし1時間30分は走ろうとの目標を定めてのランとなった。それで結局1時間30分をきっちりと走った。
    こうした心と体の動きが私にはおもしろい。人間ておもしろいなあと思う。どうしてこんなことで悩んだり迷ったりするのだろう。最近はそんなことがとても面白く感じられる。
    以前はそんなことはなかった。練習でも走り出して途中で歩くなんてことは、まずなかった。でも最近では、走っているさなかに、なんだかめんどうになって、突然に足を止めてしまうことがある。トレーニングのために走りだし、走れてもいるのだから走ればいいではないかと思うのだが、ふと、足を止めてしまう。何も発作的な脱力といったものではない。プツリと糸が切れるように、足が止まる。少し歩いてまた走り出す。するとあとは結構走れてしまったりもする。
    書店で走ることがアイデアを生み出すといったタイトルの本を見た。表紙を見ただけで読んではいない。きっとノンテンキなことを書いているのだろうとう勝手な思い込みで中を見てもいない。
    ふと足をとめてしまう私はこう考えるのだ。走ること、生きることはきっとそんなことではないはずだ。
    多分、多くの人が、そんなふうにして、歩くこと、続けることをふとやめてしまう。そんな日があるはずだ。それは私にもあるのだから。
    東日本大震災の2年目の前の日に、走ることと生きることにふと思いが行く。
    春の風 巻かれ嬲られ ひた走る
    走ることで、何かに気づかされる。それは言葉にできないもどかしい感覚であり、書きたいという欲求を引き起こすものでもあるようだ。

  • 前回のブログから1ヶ月のブランク。

    お読みいただいている方には、本当にご無沙汰になりました。その理由はといえば、身辺諸事がバタバタとしていたため。それと、シーズンオフに入り、これを書こう、これを伝えようというモチベーションが低下したためななど、いろんなことが重なっております。
    また、昨日より別途の新たなブログを始めました。
    http://eventnavi.blogspot.jp/
    タイトルは「イベントを始めよう」。
    こちらはまったく仕事モードのブログです。
    本ブログはトライアスロンにテーマを絞り、何を食べた、誰と会ったという話も、仕事の話も除外をしてきました。時折そのときの気分を記すこともありますが、それもトライアスロンに向かう心境を伝えるもので、それ以上の意図はありません。
    ということで、この新たなブログで私の仕事姿の一部をお示しすることになります。
    よろしくお願いします。
    あと、このブログを始めたことで、このところさぼり気味の当ブログをいっそうサボってしまうことが危惧されます。
    さらにさらに。前にもちょいと書きましたが、このあたりで今までの内容をいったんまとめてみようということで、その作業もポチポチと始めています。
    私は仕事のキャリアを編集でスタートしたため、やはり「まとめて本にしたい」という気持ちが根底にあり、このブログを始めた当初から本にすることを意識していました。
    具体的にはまとめて出版社に売り込んでみる。
    どこかにファイルアップして、皆さんにお読みいただく。
    といったことを考えています。
    とは言うものの「出版社に売り込む」といっても、基本的には自費出版のようなものになるのかなあ。とすれば持ち出しのお金がかかるなあ。それは難しいなあ。などど苦慮(笑)しています。どなたか本にしてくれる出版社さんはいませんか~????
    当人としては、恥ずかしくもなく、そこそこ売れないか、などど夢想しています。(笑)
    まあ、こちらはなんとか年末年始に片付けようと思っています。
    最後にトライアスロンの話題。
    念願であった「ゆっくりと1500メートルを泳ぐ」という目標に到達しました。
    コツはやはりゆっくりと、力をいれず、手を伸ばしで泳ぐこと、でした。
    ある日それをやってみたら、結果1500を泳いだことになり、翌日にチャレンジしたらできたのです。嬉しかったなあ。
    いまは自主錬のプールでは、まず1500を泳いでからドリルという具合になっています。それなりに、ではありますが、上達しました。
    しかし遅いのだ。50分もかかってしまうのだ。なんとか45分にならないか。
    でも、ようやくここまで来たのは感慨無量。
    秋の日が やさしく包む ランニング
    行かないと もう日が暮れる ランニング
    師走が近づいています。
    皆さんもお元気で。

  • 30日の横浜大会を前に、海錬で意気阻喪。嗚呼。

    久しぶりです。9月になってから日が過ぎるのがとても早かった。前回のブログからもう20日もたっている。忙しかったこともあるけど、漫然と緊張感なく日々を送ってきたような気もしている。夏ばてなのかなあ。なんかスッキリしないなあ。
    この30日に横浜トライアスロンがある。私の生まれ故郷。高校時代までを過ごした地であるので、気合も入っているのだが、気になるのはやはりスイム。制限時間は50分。果たしてクリアできるのか。スイムコースは山下公園前、氷川丸の横で750メートルを2周する。
    今シーズンは、同じオリンピック距離の館山トライアスロンで0:47:55。このタイムであればギリギリのセーフだが、その前のレースである幕張大会では半分の距離の750メートルで0:26:42。このペースではタイムアウトになってしまう。沼津千本浜の駅伝は500メートルで0:18:49で、これもアウト。実績としてはきわめて危ういのである。
    そこで先週の日曜にお台場で開催されたアクアスロン大会に事前練習のつもりで出場。これが500メートルで0:13:20。1500メートルにすると40分となる。このときは休むことなく、全体をとおして自分のコントロールのもとで泳ぐことができた。
    ようやく一段上に登れたかなあ、という記憶をもって、今日、海錬に参加したのだが、これが散々の状態。今日はあいにくの雨模様で気温も20度程度。海に入ると水中は暖かいのだが、表面が冷たい。波はなく、悪いコンディションではなかったと思う。
    何が散々だったかというと、なかなかスピードが出ない。その力みもあるのか、フォームが固まらず、腕がやたらと疲れ、息が切れる。最後の前に400メートル程度を泳いだが、一人まったくちぎられた。最後のリレーでは、息が切れてたち泳ぎの休みが入ってしまった。海錬のリレーで休みが入ってしまったのは初めての経験で、みんなの見ている前で、これはみっともなかったなあ。ああ意気阻喪。
    岩田コーチからは、寒さのせいではないかとのアドバイスを受けたが、果たしてそうなのか。そうであってくれればいいのだが。
    8月26日のブログにも書いたが、8月末の15分泳も実に不本意な状態で、我ながら実にもどかしい。泳いでいる感触としては、少しずつ少しずつ薄皮を重ねるようにして多少は上達をしている手ごたえがあるのだが、うまくいかないものだ。
    とりあえず、横浜への準備をまとめてみよう。
    海はほぼプール状態で波はないはずである。であるから、東京アクアスロンを思い起こし、ともかく休むことなく泳ぎきれば45分程度、時間内となるはずと思いを固める。これがいちばん大切。
    次は休みなく泳ぐための方策。第一にウォーミングアップ。東京アクアスロンでも柔軟体操と15分のランで30分近いウォーミングアップで全身に汗をかいた。これが重要。皇居ランでも1周目より2周目のほうが、呼吸が落ち着きはるかに楽に走ることができる。スタートは7時41分と早いがしっかりと準備をしなくてはいけない。
    そしてユックリとしたスタートで、まずはヘッドアップと呼吸のリズムを作る。
    苦しくなったら、ともかく呼吸の安定を第一に、泳ぎを止めず、できるだけ脱力をする。
    頭に浮かべるものは「現在・現在・現在」という呪文。これは千駄ヶ谷のプールで1500メートルを泳いだときに浮かんだもので、先を考えず、「現在」だけを考えるということ。
    シッカリとした意識を維持してゴールへと向かう。緊張でかたくなってはいけないが、積極的な意識はすべての源である。
    スイムが人並みであれば、もっと心地よくトライアスロンを楽しむことができるだろう。私の考える人並みというのは50メートル1分、1500メートルで40分。さらにランのように大きな疲れを感じることなく1時間を続けて泳げるようになれば、どんなにか楽しいことだろう。果たしてそこまで行けるのだろうか。その前にギブアップしてしまわないか。今日のような日には弱気になってしまうなあ。スイムの制限時間が1時間であれば、どんなにか気が楽か。50分は厳しいと思う。
    心して 泳げ遠くへ 秋の海
    雨のなか 海に泳ぎ 秋を知る
    今日は急に寒くなったので、いまちょうとテレビで「セプテンバーリスク」について紹介している。夏ばてと急速な気温の低下で自律神経のバランスが崩れ、血管が収縮し、脳卒中や心筋梗塞が起こるという。特に朝は気をつけなくてはいけない。リスクは高齢者に限ったことではない云々。
    やはり、今日は大変だったのだよ、と我が身を慰める。
    横浜の日の気温はどうだろう。特に朝早いので、気温は上がらないことも想定される。十分なウォーミングアップを改めて自戒する。

  • 夏の終わりの一日。妻の命日と佐渡トライアスロン。

    金曜の夜に友人と酒をのみながら、本当に疲れたなあと思った。この週末は疲れをとることに専念しようと思った。土曜は朝6:30からのラントレであったが、すぐに息が切れてアップのジョグに一人だけついていけない。あっという間に全身汗びっしょりで、自分でも驚くほど。次いでのスイムは身体を冷やしたおかげか、多少なりともアップができたおかげか、まあ、こなすことはできたものの、相変わらずの意気消沈。
    ママチャリで帰宅の道すがらで雨、またたく間に雨脚が強くなり、逃げるように家に駆け込めば、まるでタイミングを合わせたような豪雨。その後も降ったりやんだりの不安定な天候。早々に食事をすませると、ともかく寝ることに決めて文庫本数冊を片手に横になり、雨音を聞きながらうとうとと寝たり醒めたりで一日を過ごす。
    年に数回、疲れてただただ眠る日が訪れる。すると翌日はかなり回復する。私の貴重な癒しの日であるが、この土曜日がその日であったようだ。特に夏休みもなかったので、この日を夏やすみと考えよう。
    十分な睡眠を得て、それでも日曜に起きたのは8時過ぎ。ともかくよく眠れる。
    今日は亡き妻の命日。仏壇を掃除して花を飾りお線香をあげる。位牌をふきながら後ろをみると享年55歳と刻印されている。同い歳なのでそのとき私も55歳である。
    妻が第一回目の胃がんの手術をうけたのが2001年3月6日で49歳であった。そして命日が6年後の2007年9月2日で55歳。今年で没後5年となる。こう振り返ってみると私の50歳代というのは妻との闘病の日々であったなあとの思いにいたる。
    亡くなってから5年という受けとめかたもあるが、私としては手術から11年という気持が強い。亡くなるまではがんという病気をともにし、亡くなってからは記憶に残された存在感とともに生きてきたというほうが実感に近い。
    このように書くと、亡くなった妻にいまだにひきづられている印象を与えるかもしれないが、当人としてはそうした意識はなく、59歳からの独り身の暮らしをいたって前向きに生きているつもりである。「いやあ、身のほど知らずにトライアスロンなんかはじめて、いいお仲間もたくさんできて、元気にやっていますよ」というのが偽りのない現状報告である。
    一人で生きていくライフスタイルを作りたくて始めたトライアスロンである。かっこをつけるようだが、獲物を求めて一人放浪する老いた狩人のように生きていきたいと望んでいる。でも命日ともなると、今日までともに生きてきたような思いにとらわれるようで、我ながら不思議である。今日だけは、そんな感慨に身を任せている。
    部屋の掃除もすませ、洗濯物にアイロンをかけ、走りに出かける。とても気持ちよく1時間の江戸川ラン。ラスト20分はスピードアップのフォームも身になじんで爽快ですらあった。フォームのポイントは手。手首の力を抜き、体の前で振るように意識すると、身体が前のめりになってリズムができスピードがアップする。これは昨日タップリ休んだおかげである。土曜日に意気消沈した気分が大いに回復する。
    シャワーを浴びて冷麦をゆでて夕食。佐渡トライアスロンに出場した仲間たちの完走報告がFACEBOOKで行きかっている。最近お会いしていない方々も多い。皆なすごいなあ。励まされもするが、自分にはとてもとてもというのも正直なところで、さて、仲間の活躍をどのように受け止めようかといった気分もはたらく。
    そんな気分のときは、自分のことはともかく、まずは祝福しよう。すばらしいじゃないか。
    おめでとう 夏の終わりの ナイスレース
    亡き妻を 呼び出している 夏の暮れ
    今日は夏の終わりのスケッチとなった。
    明日からはまた、老いた狩人のように、仕事に精を出そう。

  • 還暦の誕生日 スイムでの手ごたえ 猪突猛進

    昨日、2月16日で60歳、還暦となった。私は勤め人ではないので、60歳で定年といった感覚はないが、それでも60歳というと、老年へと向かっていくひとつの区切りとして、いささか感慨深いものがある。この年齢になって、公私ともども、やるべきこと、やりたいことがあり、さまざまに人間関係がひろがっていることの幸せを感じている。
    これまでの我が身を振り返れば、どちらかといえば受身であり、風の向きにあわせて帆をあげるようにして人生をしのいできたが、これからは意識して前に立ち、自ら風を起こしてみようと思っている。
    トライアスロンにおいても、「還暦トライアスリート」ということになり、面映いが、それだけでひとつのキャラクターになったような、ちょいと自慢したいような気分となる。おもしろいものだ。私は「年齢なんて関係ない」とは思わず「歳相応」を大切に考えており、自分なりに還暦をきわめ、還暦になったことをプラスにしていきたいと思う。
    気分としては、還暦を期に、最後のダッシュに向かっていく感覚かな。ダッシュといっても、もう若い頃の勢いはない。還暦からのダッシュの感覚を自分のものにしたいと思う。
    いま、そんな積極的な気分になっている理由のひとつが、火曜日のスイム練習。問題の右手だが、顔をあげるタイミングを早くし、かく腕をやや外にして浮力を得ることで、だいぶ右手が伸びるようになり、ようやく50メートルで1分3秒というところまでやってきた。手ごたえがでてきた。あと2ヶ月ぐらいで、目標である「50メートルを楽に泳いで1分以内」になんとか到達してシーズンインを迎えたい。
    考えてみれば、左足を痛めたために水泳に向かい、オーシャンナビのトレーニングに参加したことがプラスに働いたところがあり、コツコツとやっていれば、人生万事塞翁が馬が巡ってやってくることを実感している。あきらめてはいけないのだ。当ブログでコメントをいただいているKenさんからは、「足の回復を楽しむように」というアドバイスのメールをいただいた。そうなんだよね。そうした気持ちのありかたが大切で、そこにこそ人生の秘密があるのだと思う。
    一昨日、たまたまテレビで石岡瑛子のブロードウエイでの活動を追ったドキュメンタリーを見た。71歳という。特に印象に残ったのは、番組の最後に石岡瑛子が「馬車馬のように前だけをみて走ってきた。これからもそうして走っていくだけ」といった意味の発言であり、大いに刺激を受けた。改めてアクセルを踏みなおすという、還暦の誕生日を迎える気分に実に素直にフィットした。
    「馬車馬」というたとえには、「わき目も振らずにひたすら前を向く」イメージがあり、いかにもデザイナーらしい集中力を感じさせる。私の場合は「馬車馬」よりも「猪突猛進」かな。前方の一点を見つめていく集中力はなく、汗をかきつつ、愚直に、ひたすら前へと足をかく。
    初雪に 還暦迎え 走り出す
    還暦や 命の力 確かめる
    今日は「元気でやっていきます」という自己確認。

  • 皆様 明けまして おめでとうございます。

    今年もよろしくお願いします。
    昨年の正月はまだ大会の経験はなく、住んでいるところも大井町で、まだ息子と一緒に暮らしており、大晦日の夜は近くに住んでいた娘家族と一緒に過ごした。
    ことしは市川は江戸川沿いに引越して一人住まいとなり、トライアスロン初シーズンを終え、昨年の正月とはずいぶんと違った趣になっている。一人で迎える元旦である。
    大晦日には引越しでとりあえず突っ込んでいた書類棚の整理を行い、資料をひっくりかえし、図らずもこの10年の一端を振り返ってみることになった。
    妻に癌がみつかり手術を受けたのが2001年3月6日。私の人生のなかでもっとも劇的な変化に見舞われた一日。以来、次女の結婚と出産、妻の死とその半年後の母の死、生家の横浜の実家を整理、長女はカナダ留学、息子が家を出て、ひとり市川に引越してきた。長女はカナダより帰国したが、ニューヨークへと今度は働きに出かけた。その間に私はトライアスロンを始め、次女に二人目の子供が生まれる。
    仕事のほうも、委細ははぶくが、なかなかに激動で、60歳からの仕事へのさまざまな助走があった。
    だから少し疲れた思いで、一人きりの元旦を過ごしている。疲れた思いには「ようやく一段落」の安堵感も含まれる。私はかねがね60歳を大きな人生の節目とみており、基本的には60歳以降は「老後」と捉えている。勤め人ではないので、定年はなく、生涯現役がなのだが、現役であるからこそ、60歳以降はそれまでとギアが異なり、そのギアは老いを基調とするものになると考えている。何をするにも、これまでと同じようにはいかないのだ。あるいは同じようにしていてはいけないのだ。年寄りのたしなみというものを身に付けていかなくてはいけないのだ。
    だから60歳までに「老後の準備」を整えておきたいとの思いがあり、それはトライアスロンを始めた動機ともなっているのだが、いま、さまざまな激動の末に、どうにかこうにか、還暦以降を元気で過ごす準備がかろうじて整ったような安堵感がある。この安堵感が少しでも長く続いてくれればいいのだが、しかし、人生、先のことはわからない。
    だから今年は、気持ちとしては、ゆったりと、一歩一歩、道の真ん中を、遠くをみて歩くようでありたいと思っている。
    そう考えると、この時期に足を痛めるというのはいい教訓になっているとも考えられる。おかげで歩くことに意識的になり、一歩一歩を足元を確かめるようにして歩を進めている。実は歩くリズムは生きるリズムと連動しているというのが私の考え方。歩くリズムをしっかりとつくって「老後」を歩いていきたい。意識が行動をつくるというよりも、行動が意識を形成していく。だからトライアスロン・ラフスタイルというのも、単にトライアスロンを暮らしのなかに取り入れることを意味しない。トライアスロンに向かう行動そのものが、仕事も含めた日々の意識を形成していくことなのだ。
    元旦ということで、生真面目な内容となってしまった。
    元旦に 今年を望む 目覚めかな
    元旦の 朝日を浴びて 初散歩
    とはいうものの、足が痛まなければ走りに行くのにと思うと、ああ、悔しい。
    今年も元気でやっていこう。
    写真は4階の我が家のドアを開けた通路からの眺め。江戸川の向こうにスカイツリーが。

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  • トライアスロンの楽しみ。暮らし、大会、仲間、そして自己確認。

    左足のかかとを痛めてランはまったくの休止。昨日のATAでのレッスンもスイムのみ参加。岩田コーチから「水中ウォーキングは効果がありますよ」と励まされ、ATAレッスンのあとは45分の水中ウォーキング。やっているうちはキツイという自覚はないものの、最後は両足がつってしまい、水の中で立ち往生。その負荷にびっくりした。
    「つる」といえば、夜中に足がつったとき「ああ一人なんだ」と思う。昔は隣の妻をたたき起こしてともに足を伸ばしていた。もちろん私がたたき起こされて介抱することも。
    「老いとは孤独を受け入れること」ともいわれるが、私が妻を亡くした孤独感に襲われるのは、夜中に足がつることを第一にあげる。
    さて今回は、私なりのトライアスロンに見い出した楽しみ。
    ひとつは「暮らし」の楽しみで、これはシーズンオフに入るとより明確になる。シーズン中は大会への参加の準備も含めて生活は不規則になるが、オフは落ち着いて練習に向かうことができる。自分で規則的な練習のプログラムを考えながらそれをこなしていくのは楽しいことだ。
    これが単に体調管理のためのトレーニングではそうはいかない。やはり大会に向かうことが重要で、その緊張感を含んだ目的意識のなかに一人かみしめる楽しみがある。
    次は「大会」、レースそのものの楽しみ。おかげで初シーズンは5つのレースに参加し、いずれもなんとか完走することができた。どの大会も楽しめた。自分がこんなところでこんなことをしている不思議と驚きを楽しんだ。ロタ島でのバイク中のスコールはその白眉だね。そしてランの終盤にいたり、ペースが安定し、足の痛みを感じつつも意気だけは軒昂とゴールに向かう高揚感を楽しんだ。多分、来年はもっと楽しめるようになるだろうと期待をしている。
    次は仲間。斎藤祐樹のセリフのもじりではない。共にトライアスロンに挑戦する者としての「仲間意識」だ。練習の仲間、大会で出会った人々など、トライアスロンを始めることで交友関係は大きく広がった。こんなにも豊かな広がりがあったとは考えてもいなかった。当ブログを縁で知り合った方もいる。年齢は最年長の部類だが、それも若い皆さんと一線をおく感じでいいと思っている。
    まさに「社交の楽しみ」である。「社交」とは人あたりのよい人間になることではない。「社交の場」に「社交の一員という立場」で参加することなのだ。トライアスロンといスポーツにトラアスリートとして参加することなのだ。それを自らの体験で確かめた。
    ちなみに、この数年で私がもっとも影響を受けた本は山崎正和の「社交する人間」である。ついでに、早稲田実業の父母の会会長をつとめた縁で、斎藤選手は夏の東京都予選から見ており、甲子園の決勝戦も見に行き、ご両親にご挨拶したこともある。いろんなことがいろいろにつながっていくということ。
    最後は自己確認。生理と肉体を通して、パフォーマンスを通して、人との出会いを通して、レースを通して、それをこのように書くことを通して、さらにそれらのすべてを暮らしの中で整理して組み立てていくことを通して、自分を確認することが、私には大切なことになっている。
    ここまで書いてきて思い出した。映画「ショーシャンクの空」の原作であるスティーブン・キングの「刑務所のリタ・ヘイワース」に「希望とはいいものだ。おそらくいちばんいいものだ」という主人公のセリフがある。漫然と自己の内を眺めていても、嘆いてみても、なにもわからなければ希望も生まれない。何より歩いてみることなのだ。見る前に跳べ!それもひとりで跳べ!
    いま、初シーズンの終わりに、そんなことを確かめている。
    年の瀬に ひとつふたつと 振り返る
    来年へ ひとつふたつと 整える
    「ととのいました」の流行語になってしまったのは不本意だが、ほかに思いつかないのは困ったなあ。
    このブログは日常の些事ではなく、写真はなく、できるだけ実用に供することのできるように細部にこだわるがために文章の量が増え、最後は下手な俳句もどきでおちのつかない逃げをうつということを信条としてやってきたが、ここらで「始める記」の第一ラウンドは終了かなと思い始めている。
    できれば第二ラウンドは少し違うスタイルにしてみたい。写真も入れてみようかとも思っているが、検討中。
    お読みいただいている方は、引き続き、よろしくお願いします。

  • できないことを受け入れる。それが続けるコツかしら。

    トライアスロンの初シーズンを終え、シーズンオフのトレーニングに向かっている。足の痛みが治まらないので、トレーニングはもっぱらスイム。苦手なスイムに集中して取り組むいい機会と、足の痛みもむしろ前向きにとらえている。はやくもやる気マンマンである。
    すでに来年5月のホノルルトライアスロンのエントリーもすませた。人生全般あまり先のことは考えないようにしているが、しばらくはトライアスロンを続けてみようと思っている。ショートの大会に出られているうちは、続けていこうと素直に考えている。
    ということは、トライアスロンを気にいっているということだ。トライアスロンの何がいいのか。第一に思うことは、日々の暮らしかただ。大会に備え、トレーニングに励むという、多少ストイックな感覚が気に入っている。これは修行の楽しみかね。いままでの人生になかった感覚だ。
    「かなり無理していませんか?」とよく言われるが、この歳になれば、多少無理するぐらいがいいと思っている。無理をしなければ、ただただ縮小していくに任せていくばかりではないか。無理は刺激だ。
    60歳を前にして、長く続けていけるスポーツをしたいと思っていた。それはわかるが、何もトライアスロンでなくともいいではないか、との声も多い。スイム、バイク、ランとも競技経験はゼロ。「その歳で何にもなくてはじめたんですか?」と驚かれたこともある。
    基本的には「この年齢でもできる」というアドバイスがあってのことだが、どうせ何かをやるならあまり人がやっていないこと、人が多少なりとも驚くこと、話題が提供できることがいいという気分があって飛びついたのだと思う。多分トライアスロンでなければこのブログも書いていなかったように思う。
    それは例えば、あまりやっている人のいない外国語を学ぶのと同じような感覚で、珍しいものの先物買いが好きなんだね。
    この点では、多くの人に驚いていただき、満足している。自分の身体を使い、等身大の自分自身で人を驚かすことは気分のいいことだ。正直、ちょいと自慢の気分となる。
    このちょいと自慢の気分とストイックな感覚が自分のなかではうまく同居し、暮らしのはりとなっている。
    ただし、すごいだろう、と自慢するようなものではない。なんといったってレースではいずれも最下位のレベルで、かろうじて隅においてもらっているような気分でいるくらいなのだから。
    さて、ご同輩。私でもできているのだから、トライアスロンはお勧めである。やってみようか、と思われる方はすでにその資格をもっていると思う。あまり考えずに始めてみるのがいいと思う。ぜひATAに入学してください。
    そのかたがたへの私からのアドバイスをひとつ。それは「できないことを受け入れる」こと。「完走した人はすべて勝者」とはいえ、レースで一人大きく遅れるのは気分のいいものではない。アレ~っと悲鳴もでてくる。これでもハンドボールでインターハイに出場したことがある。昔は人の背中を見て走るなんて風景は見たことがなかったのに、まったくついていけない自分がいる。ショックですよ。恥かしくもありますよ。
    つまり、自分がこんなにもできなくなっているのかと確かめ、そうした自分を受け入れ、てらいなく最下位でゴールする。すると私を待って祝ってくれる仲間がいて、素直に喜びを分かち合う。それが歳相応のトライアスロンの楽しみかと思っている。
    「できないこと」に悲観していては、この歳ではやっていけない。むしろ「ああ、これもできなくなったのか」とできないことを確かめる。その心境だね。
    そのうえで、私の場合、まだ伸びしろは、それなりにあると思っている。来年2月に還暦になる。来年が楽しみであるという次第だ。
    冬に向け 老いへの命 いとおしむ
    落ち葉舞う 小春日和に 深呼吸
    思い切り息を吸って、息を吐く。
    トライアスロンは例えばそんな日々であるようだ。
    お勧めします。