カテゴリー: トレーニング

  • 足指の痛みは甲の横アーチの退化によるという発見。足を鍛えろ!

    足指の痛みは甲の横アーチの退化によるという発見。足を鍛えろ!

     こちらは今日のラントレ、8キロビルドアップの私の記録。

    「設定」は当初の申告。申告通りに走るのが目的のトレーニングであるが、まったく離れているなあ。まあ、ビルドアップはだんだんとスピードをあげていくトレーニングであり、タイムは、まあ、上がっていると言えるのか、微妙なところではある。
    設定6’40-6’40-6’30-6’30-6’20-6’20-6’10-6’10
    結果6’22-6’38-6’11-5’53-6’01-6’00-5’57-6’01(49’03)
    私にとってこの結果は「なかなか6分は切れないなあ」が第一の感想。
    トライアスロンのトレーニングを始めたころは、キロ8分で10キロを走れたことに感動していた。キロ7分で走れなかったことを覚えている。そこから考えれば、速くなってはいるが、5分30秒ぐらいは目指してみたい気分はある。
    ランに先立つ今日のスイムトレでは、100メートルを2分30秒で回すことができた。だいたい2分15秒から20秒ぐらいであった。これはかなり満足。泳いでいるなかで、ちょっとコツのようなものを感じたので、それを意識してラクに2分15秒となるところを目標にしてみよう。
    などど書くと、ひたすらタイムアップを目標にしているようであるが、そういうわけでもない。スイムもバイクもランもそうなのだが、しっかりとフォームができてくると自然と楽になってタイムもアップする。苦しい練習を重ねてアップするというより、楽なところを探していくとアップしていくといった感覚があり、それはそれでけっこう楽しいことなのだ。
    どんなフォームになれば1キロを5分30秒で安定的に走ることができるのか。あるいは100メートルを2分で泳ぐことができるのか。果たしてその世界を知ることができるのか、あるいはそこまで行くことはできないのか。まあ、行く先は分からぬが、できるかも知れない道を探していこう。
    写真は私の足。タオルギャザリングをしている。
    とても恥ずかしいのが指の短かさ。とくに人さし指が親指より短い。結婚して10年も経って女房がそのことに気づき、大笑いしてからかわれたのも懐かしい思い出だ。思い出すと、私の女房は私をからかって笑っているときがいちばん楽しそうだった。
    いやいや話題は思い出話ではない。このブログでも書いてきたが、実は長い距離を走ると足の指の付け根、特に左足の付け根が痛くなることに悩まされいる。その原因はフォーム、あるいはシューズにあるかと思いこんでいた。そこでアスロニアにシューズを見に行き、藍コーチに相談をしたのだが、それは足の甲のアーチの問題ではないかとの指摘を受けた。なるほど。驚き。目から鱗。
    このアーチについての解説はこちら。
    http://gaihanboshi-site.com/category2/entry15.html
    タオルギャザリングや指のグーパーで指を鍛え、ストレッチに励んでいる。
    伊是名はランが20キロだ。なんとか走り切りたい。
    秋たつや 冷気に向かう ランニング
    だいぶ気温が下がって走りやすくなってきた。
    テレビでイングランド敗戦(対オーストラリア)の録画を見る。
    負け方がよくない。
    フアンの失望はいかばかりか。
    今日は10時半よりサモアとスコットランド。
    サモアの勝利を切に祈っているが、イングランドとスコットランドが共に予選敗退となったらイギリスはどうなるのか。

  • 1か月のブランク。1週間後に99里大会。今日のテーマは「整理」となった。

    1か月のブランク。1週間後に99里大会。今日のテーマは「整理」となった。

     前にいつブログを書いたのか忘れてしまったほど。前回は8月15日、そして今日は9月19日。1か月以上のブランク。長い雨がようやくあがり、日差しも空気も秋の気配を十分にはらんでいる。今日は土曜日のスイム+バイクの練習。バイクは風もおだやかで心地よかった。今日はユッタリペースで走りつつ、その間に思い切りペースをあげる練習だったが、平坦な道で初めて時速40キロに到達することができた。瞬間的なもので長続きはしなかったが、初体験のスピード感でとても新鮮な刺激だった。やっていればこんなこともあるんだなあ。

    1週間後の26日は99里トライアスロン。この1年の目標にしていた大会だ。にもかかわず、1か月以上ブログに手をつかられなかったほどに忙しかった。とくに8月31日から9月11日の間は、練習からまったく遠ざかっていた。
    9月4日・5日・6日と東海大学で開催された日本建築学会大会及びその関連イベントの現場仕事で、なんと9月3日からは本厚木のホテルに泊まることになった。イベントの現場でホテルに泊まったのは久しぶり。しかも4泊も続いたのは、はるか昔の30代の頃ではなかったか。
    しかもその後も10月23日に発行する小冊子の編集が続き、現在も追われながらも、シルバーウイーク到来でようやく一息つきつつ、各種整理に向かっている。イベントの清算整理、混乱した資料の整理、次へと向かう仕事の整理、遅れている雑誌編集の整理。まさに仕事とは、日々を生きるとは整理である。「どうなることやら」とハラハラしている問題も整理を続けていくうちに、気が付けば一つ一つと収まり、過去のものとなる。

    さて、19日の99里である。そんな状態で目標にしていたにも関わらず、思うような準備はできていない。12日よりようやく身体を動かし始め、このシルバーウイークでなんとかリセットまではもっていきたいと思っている。
    今日はスイム+バイク錬、明日21日日曜はスイム+ランの自主練、月曜はユックリストレッチ、火曜はスイム+ラン錬、23日水曜と24日木曜はゆっくりランで身体をほぐし、25日はストレッチのみで現地入り。
    こんなところかな。
    こうして書き出すことも整理。さらに整理をすれば、スイムはリズムの確認。バイクは40キロを出せたのが収穫で今日でおしまい。ランは火曜日の練習がポイントで、あとは身体への刺激を続けるレベル。
    仕事とトライアスロンのバランスというのは、誰にとっても大きな課題だろう。私にとってのバランスとは、いかに忙しくともできるだけ練習時間を確保することに尽きる。
    2週間何もできなくとも練習できる時はやってくる。何も無理することはない。できないときはできない事情があるのだ。単に時間の問題ではない。多忙な折は大方ひどい精神状態にある。身体は酒に向かっても、練習にはなかなか向かわない。
    それを乗り越えて練習に向かわせるのは何か。私の場合は、時間の整理だ。時間の整理のなかで、練習時間を特定する。仕事の予定と同じ感覚で練習の予定を挟み込む。挟み込むことができなければ、挟み込むことができる時を待つ。
    あまりに当たり前のことであるが、こうした感覚、こうした日常が、私にとってのトライアスロンなのだ。
    秋の陽に 思いもかけず 日焼けかな
    練習後の風呂に入って日焼けに気が付いた。
    これからも、この感覚を掴んでいたい。
    トライアスロンをしていなかったら、このシルバーウイークはどのようにして過ごしているのだろう。多分仕事への過剰意識に苛まれていただろうなあ。忙しいからできないのではなく、忙しさから自分を守るために練習に向かう。
    そうなんだ。いきなりだけど、生きていくことは切実なんだ。

    写真は東海大学のイベント現場風景。メジャーをもって、屋外市場の地割をしています。

  • 2015年セントレアは残念ながらバイク70キロ地点で制限時間のカットオフ。

    2015年セントレアは残念ながらバイク70キロ地点で制限時間のカットオフ。

    画像

    走っているうちから、これはカットオフされるかもと思っていたので、目の前で進行を止めるマーシャルの姿を見たときは「ああ、やっぱり」の印象で、思いのほかサバサバとした気分でバイクを降りた。
    悔しいと思うのは、身体がそれほどダメージを受けた感じがなく、けっこう元気なこと。これならもっと頑張れよ、と我が身に言いたいところだが、走っているときはいっぱいいっぱいであったのだ。
    レースの振り返り。
    1.9キロスイムの制限時間は70分で、私のタイムは01:01:03。スイムの突破は念願であっただけに、バイクに乗ったときは、とにもかくにも安堵した。さあ、行ってみようの気分であったのだが・・・・。
    スイムは休みなく泳ぎ切ることを課題にしていたが、方向確認のために、何回かストップをした。さらに折り返しにあたる第3ブイでは、ブイにぶち当たり、ブイのネットに時計がからまり、これがなかなか外れず大いに焦った。近くのライフセーバーが「ここを越えるとラクですよ」と声をかけてくれる。確かに戻りは追い潮のようで調子は落ち着いてきたが、果たして間に合うか、焦りつつ我が身を励ます。
    そして最後のブイを越えて時計をみると45分。「ああ、これでいける」と喜んだが、それから最後の300メートルぐらいが大変。疲れたのかフォームが崩れる。波で流される。ライフセーバーに「ゴールまで100ぐらい?」「いや、200ですね」と確認する。この時点で50分。ここで終わってはいけないとアドレナリン全開でスパートしてなんとかたどり着いた。ということは最後は200に10分もかかったか。波に流されたにしろ、時間を使い過ぎだろう。
    陸にあがり、慌ててトランジットに向かうのだが、バイクスタートまでの距離が長い。スイムの時間制限が1時間10分で、バイクスタートの制限時間が1時間13分。私のタイムでは10分ほどでバイクスタートに立たねばならないので、ここも大いに焦り、カタカタとバイクシューズを響かせ、バイクを押して走る。バイクスタートのラインを越えてホッとしながら手袋をはめ、水を飲み、心を落ち着かせて90キロのバイクスタート。
    初めの30キロは平たんなコースで、ここで時間を稼がねばと頑張ったのだが、どうもペダリングがスムーズでない。予定ではこの辺りは時速30キロ平均近くでいくつもりだったが、平均25キロを割ってしまう。まだ身体がなじんでいないのかなあ。自問しつつ何とかスピードに乗ろうとするが、風の影響か、手応えはよくなかった。機先をそがれた。
    でも30キロあたりまでは、最低目標の平均23キロをかろうじてキープしていたのだが、30キロ以降、周辺が農地になると坂と曲がり角の連続で、平均時速はドンドンと落ちていく。メーターを平均時速表記にしていたのだが、めげてしまうので、途中から走行距離表示に変更してひたすらペダルに向かうのだが、連続する坂にドンドンと力を奪われていく。山岳コースのような劇坂ではないが、曲がり角と坂が連続する。そのうち長い登り坂が多くなり、50キロを超えるあたりで、これはカットオフされるぞの予感が湧いてくる。そして目の前にマーシャルが飛び出しでアウト!!!平均時速は20キロを超えた程度まで落ちていた。これではカットオフになる。感覚的には2ランクぐらいは力足らずのような気がする。
    しかしタフなコースを70キロまで走れたのはいい経験となった。
    そのいい経験を振り返る。ところどころいい感じで走れる瞬間が訪れた。しかしそれが長続きしない。疲れてしまうのだ。身体が慣れていないのだと思う。これは今後の練習で克服できると思う。
    坂では時速が7キロまで落ちてしまい。ペダルをこぐだけでいっぱいいっぱいとなるのだが、その段階で大きく息をはき、力を抜くと、ペダルを楽に回せるようになった瞬間が何回かあった。これも次回への手がかりのように思う。
    どうも何かコツがあるように思う。まったく感覚的な印象なのだが、そのコツをつかめば、バイクの入口に立てるような気がする。
    こんな感覚も、やってみないと分からないのだ。
    だからやってみてよかったと思う。
    あと、スイムはようやく山を越えることができたように思う。
    これは念願であったのだ。嬉しい。
    バイクもいずれそうなる時が来るだろう。楽しみにしよう。(笑)
    知多夏山 息も絶え絶え ペダリング
    レース後1週間。そんなに疲れてはいない。身体の痛みもない。これがカットオフの中途半端なところだが、でも、まあ、仕方ない。
    今回のカットオフでリベンジを意気込むような気分はない。無理なく続けていけば、気が付けばどこかに行けていると思う。そんな軽い感覚でいる。
    今年は11月に伊是名トライアスロンがあるが、今回のレースで伊是名はいけそうな手応えをえた。伊是名は3年前にスイムでカットオフされていることを考えれば、自分なりに上達はしているのだろう。上達は楽しみを広げる。まずは伊是名を目指してみよう。
    写真は私だけDNFで残念な記念撮影。

  • セントレアまであと2日。高まる緊張、広がる不安。「やってみよう」と自分に言い聞かせる。

    セントレアまであと2日。高まる緊張、広がる不安。「やってみよう」と自分に言い聞かせる。

     いよいよ7日日曜はセントレア大会。スイム1.9km・バイク 90.1km・ラン 21.1km の総距離約 113.1km (70.3マイル)。もちろん初めての体験となる。

    緊張が高まっている。血圧もあがっている。(笑)
    そもそもこの大会への参加は、ATA月島の佐藤さんからのお声かけからスタートしたもの。佐藤さんは70歳を過ぎている大先輩で、昨年もセントレアを完走している。
    「岩崎さん、いきませんか?」
    「いやあ、私のレベルじゃあ無理ですよ」
    「ダメもとですから」
    という会話がきっかけで、怖いモノ見たさとでも言うべきか、年齢も考えれば今年はチャンスかも、と気分を変えての参加とあいなった。
    レースを展望してみると、何よりの心配は制限時間。
    スイム制限時間は70分。バイク制限時間は3時間44分(平均時速23キロ)、ランの制限時間は3時間(平均キロ8分)。
    私の希望的見込として、スイムは100メートル3分ペースで57分、バイクは平均23キロをキープ、ランはキロ7分でいけば完走できるはず、となるのだが、不安は大きい。
    スイムはともかく休みなく泳ぎ続けること。ここに尽きる。ポイントは精神面のコントロールにあり、出だしの500mを越えてリズムをつかむ。これにかかっている。
    バイクはアップダウンの多いコースであるという。苦手な登りをどう乗り越えるか、そして事故を起こさずにいけるか。これば「やってみないとわからない」。だから不安である。
    最後のランはバイク次第。普通であれば、キロ7分で走ることに問題はないが、昨年の九十九里トライアスロンではバイクの疲労で足が動かず、まめも割れてキロ8分のペースにまで落ちてしまった。自分のペースで走ることができれば、痛みさえ発生しなければ、走り切ることはできると思うのだが、ここも祈るばかりだ。
    全体の制限時間は8時間。希望的シミュレーションタイムは7時間26分となるのだが、いやいや、あくまで8時間内での完走が第一目標である。

    不安を払しょくすべく、積極的に考えてみる。
    スイムの準備は、すでに今年は海のOWSを3回。プラス横浜大会で手応えをつかんだ。大きな不安はあるが「自信をもって泳げばいけるはず」のレベルには来ている。先週土曜日のスイムトレーニングは「セントレア送別」と名打って、30分間ノンストップでグルグル回るというもの。これも出だしは緊張したが、一度も足をつかず、周囲のようすも確かめつつ泳ぐことができた。スピードアップのイメージもつかむことができた。
    バイクトレーニングは、4月から5月にかけて120キロLSDを3回。TailWindでの遠藤さんのご指導を2回。横浜では平均25キロをオーバー。
    ランは1月、2月、3月、4月と月1回ペースでハーフマラソンに出場。足の指を痛めるのが大きな課題であったが、フォームを変え、コントロールする感覚がだいぶわかってきた。
    直近の様子は、5月24日はバイク120キロ、27日は遠藤さんレッスン、30日は30分スイム+2.5キロラン×3本、31日は辻堂海岸でのOWS。
    大会はもちろん横浜トライアスロンでの完走。
    なんだ、けっこうやっているではないか。(笑)
    梅雨来たり 挑む気持ちを かきたてて

    この1週間は休養第一に努めた。体調は悪くはない。左足膝に軽い痛みがあるが、走りに影響するほどではない。
    今年は5月横浜、6月セントレア、7月昭和記念公演、8月沼津駅伝と手賀沼、9月九十九里、11月伊是名と月1以上にレースを入れた。
    トライアスロンを始めて今年は6年目、大会参加は5シーズン目。ようやくレースを楽しめる状態になったように思える。こんな私のこんな年齢でも進歩というものがあるのだ。感慨深い。
    先のことはわからない。健康、仕事、お金などの条件を考慮して、今シーズンは思い切って「やれることをやってみる」年にした。その象徴がこのセントレアなのだ。

    不安はあるが、前向きに、積極的に挑んでいくことを楽しみたい。結果はともかくとして「やってやろうじゃないか」の闘争的気分で「前へ、前へ」を言いきかせた8時間を過ごしてみたいと思っている。
    不安な気持も含めて、ワクワクしていこう!!!
    写真は参加誓約書と説明書。説明書を読み込むのがけっこう大変!!

  • トレーニングに励んだこの連休。でもイマイチの体調でスッキリせず。

    トレーニングに励んだこの連休。でもイマイチの体調でスッキリせず。

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    今日は連休の最終日。ATAの仲間と、印旛沼へのロングライドに出かけた。走行距離は約120キロ。テーマは新たしいポジションへの対応と坂道。ポジションへの対応はだいぶ自分のものになってきたように思う。やはり長い距離を走ることは有効だ。しかも巡航速度は約21キロ。平地を走っているときは25キロをちょっと超えるぐらいで、これがちょうど自分に合っていた。平地であれば30キロもこなせるが、とてもペダリングを意識する余裕はなくなってしまう。ちょっと余裕をもてる自分に合ったスピードでの長時間ライドはいいトレーニングになる。
    坂道のほうは、相変わらず置いていかれてしまうが、それでも少しの手ごたえはあったかな。私なりのポイントとしては、積極的に坂に向かっていくこと。これが第一。坂の手前から加速をつけて勢いよく登っていく。そしてペダルに意識を集中してクルクル回す。しかし、ちょっと長い距離になると、みるみる置いていかれてしまうんだなあ、これが。情けない。

    連休を振り返ると、土曜日はバイク20キロ+ラン3キロのブリックトレーニングを2セット。日曜日は片瀬江の島海岸でオープンウォーターの練習会。その後小田原に行き、小田原の祭りと味を楽しんだ。月曜は夕方に1時間半のスイム自主練。火曜日は1時間の朝スイム練習。自宅に帰って1時間のスロージョグ、そして今日のバイクトレーニング。こう書き出すとけっこう練習しているようだが、いまいちスッキリしない。
    というのは2週間に及ぶ風邪をいまだ引きずっている感覚がある。咳と痰はだいぶ収まってきたものの、練習後の疲れがいつになく大きく、咳と痰は昨日からぶり返し、今朝はだいぶ痛む状態に。トレーニングを休もうかと思ったが、「まあ、ようすを見ながら」と言いきかせてでかけて、何とか皆についていけたので、まあ、よかった。

    5月17日は横浜トライアスロンのスプリントで今シーズンをスタートする。横浜は一昨年にオリンピック距離で出て、スイムで足きりとなった。今回は750メートルを25分以内。100メートル2分40秒とすると、750メートルで20分となる。スムーズにいけばいいのだが、何かあるとアウトになるギリギリのところなのだ。
    そして6月7日はセントレア大会でこちらはミドル。スイム1.9、バイク90.1、ラン21.1。この大会に向けてバイクを鍛えているわけだが、さて、どうなることやら。7割がたはDNFと思っているが、まあ、私なりに、やれるだけやってみよう。
    五月の風 光を浴びて ペダル漕ぐ

    今年はトライアスロンを頑張ってみようと思っている。今後も息長く楽しむにはどの程度がいいのか、探ってみようと思っている。年齢と仕事の状態を考えると、今年はチャンスと考えている。
    ということで、今日は喉の痛みを感じつつ、頑張ってしまった。自己診断としては風邪を引きずっての気管支炎。明日の朝はどうなっているやら。医者に行ってみよう。
    トライアスロンを始めるにあたって大切にしたのが、ストレスをもたないこと。ゴルフなんてストレスになるだろうなあ。マラソンもスイムも記録を目指してストレスをためそうだなあ。でもトライアスロンは、ストレスが少ないように思えた。改めて、ストレスをもたずに楽しむことを大切に、と自戒する。
    画像は今日走ったコース。

  • 風邪をひいたおかげで「運動神経を鍛える」意識に目覚める。

    風邪をひいたおかげで「運動神経を鍛える」意識に目覚める。

     本屋に行くのは大きな楽しみだ。最近は大手の書店ばかりになって個人書店の個性が失われていることを嘆く向きもあるが、一方大手書店を眺めれば「いまの世の動き」が伺えて、私としては大手書店を味気ないとは思わない。ただし、これだけの多くの本が並んでいながら、それをまるで新聞を眺めるように目を通して、買おうとは思わない、買いたいと思う本に出合わないとなると、ちょっとうろたえた感覚になる。

    これだけの本がありながら、買おうという気が起らないのは好奇心の欠如ではないか、好奇心の欠如は生きる力の欠如であり、これは危ない、と考える。「最近は面白い本がない」などという嘆きは「最近は面白いと思う力がなくなった」という嘆きに思われる。書店は好奇心のバロメータでもあるのだ。
    といったところで、風邪をひいたこの1週間は本への意欲も衰えていた。確かに身体と頭はつながっているんだ。そんななかで、思わず手にとったのが写真の「運動神経の科学」。副題が「誰でも足は速くなる」。だいぶ前に買って、おそらくペラペラめくったとは思うのだが、記憶にとどまらず脇に置いてあったのを、改めて手に取ってみることになった。風邪をひいたおかげか、身体への好奇心が沸々と湧いてきたわけだ。

    さて、内容といえば、専門的な知識が多く、文章も読みにくいうえ、最後は著者が発明した運動機器の解説になってしまい、いたってとっつきにくい。一般向けの読み物にはなっていない。
    しかし参考になるところ大であった。お勧めしたい。
    私なりの理解を以下にあげる。
    運動神経は鍛えることができる。
    それは意図に応じた自然に身体を動かす能力を高めることだ。
    そのためには体の動きを脳で認識することがスタートとなる。
    イメージしなくてはマネージできない、というわけだ。
    一方身体は表面的な筋肉だけでなく、より全身を使った動きにより対応する。
    イメージを全身を使って表現するのだ。
    全身を使うための機器を著者は開発している。
    そのトレーニング施設が神保町にある。
    http://www.hi-sports.com/school/index.html
    機械を使わなくても「歩くことから運動神経を鍛える」という章がある。
    よし、まずこれを試してみようか。
    例えば、走るために足を出すのではなく、腰と共に足を出す。
    というより腰を出してその先に足がある感覚か。

    老化が進むなかで何より痛感するのは「躍動感の退化」である。具体的には身体を動かす可動範囲が小さくなり、加えて全身を使っての稼働ができなくなっている。さらに全身でリズムを表現する力がなくなり、血の巡りが悪くなっている。一部だけをチョコチョコ動かす状態になっている。
    老化は仕方ないことであるが、だいぶ錆びついた状態なのだ。少し油をさして全身を動かす感覚を呼び戻してみたい。さぞかし気持ちがいいだろう。ジムには通っているものの、すっかりご無沙汰している「エアロビックダンス」に行こうか、なんて考えていたので、そんな意識がこの本へと向かわせたのだろう。
    花疲れ 風邪に伏して 我思う
    この月曜に風邪にキャッチされ、だいぶ回復したものの、いまだに咳・痰・鼻水という呼吸器系炎症が収まらない。
    治ったら、より意識的に、身体づくりに向かいたいと思う。
    ①歩くことから運動神経を鍛える
    ②1日30分のストレッチ+筋肉トレーニング
    ③週1のエアロビックダンス
    ④できれば神保町に行ってみたい
    そのうえで、やはり体重だな。これが大変だけど。
    6月7日のセントレアトライアスロンに向けて、意識を向けていこう。
    4月からの新年度で、新しいプロジェクトも本格スタートする。
    今回の風邪も自分を振り返るいい休養と考えるべく、いまこれを書いている。
    今日は宮古島のアイアンマンに仲間が出ている。
    いまはバイクの後半か。
    さて、こちらはリハビリで散歩に出てみるか。

  • 今日は体重管理の話です。筋トレの身体づくりに向かいます。写真は昨日の昼食。なぜか写真が天地逆となる?

    今日は体重管理の話です。筋トレの身体づくりに向かいます。写真は昨日の昼食。なぜか写真が天地逆となる?

     なかなか体重が落ちない。これも年齢のことがあると思う。高校時代はハンドボール部だったので体重を考えることもなかったが、受験勉強に入って以降、ダイエットはいつも課題になっている。理想体重は33キロだが、ちょっと油断すると68キロ、そして70キロを超えるまでになってしまう。ちなみに身長は長らく170だったのに、最近はかると169と言われる。これも年齢化かなあ。

    さて、トライアスロンをやっているにもかかわらず、71キロとなった。焦って70を割るまでにしたが、そこからがなかなか減らない。今日久しぶりにはかってみたら68.4キロ。まあ、一安心だけど、満足ではない。
    思い起こすと、高校以降で33キロになったのは2回。1回目は大学生の時で、受験太りから脱却すべく、この時は単純に昼飯を抜いた記憶がある。
    次に太ったのは社会人になってからで、これは独身生活の不摂生。73キロぐらいとなった。それが28歳で結婚して68キロへ。結婚したら太るのが普通なのに結婚して体重が落ちるとは!!!ある女性から「お気の毒に」いうセリフとともに笑われたことを思い出す。笑うことかいな。
    でもそんなに厳しく栄養管理をされていたわけではなく、独身の暴飲暴食がまともな食生活になったということ。ちなみに妻はダイエットとは無縁のスリム体型。私の実感では、太めの奥さんだと亭主も太る傾向がある。食生活の問題だな。
    と考えると、私の妥当な体重は68キロ程度ともいえるのだが、40を前にして再び63キロに落ちる事態が発生した。なんと椎間板ヘルニアによる1か月の入院で、その間、寝ているばかりで、3食きちんと食べてこれだけ落ちた。理由を考えると「酒」。「酒」を飲まない。それだけで体重が落ちていく。
    しかも重要なのが63キロになると、身体が実に気持ちいい。軽く快適である。でも酒を飲まないのは楽しくない。当然退院後は見事にもとに戻っていく。
    その後、大きな生活の変化としては、50歳から57歳までの妻との闘病があるが、この間は体重どころではなく、どんな体重であったか、まったく記憶にない。
    次がトライアスロン。67キロぐらいでのスタートで、体重は落ちていくものと思っていたが、これが落ちない。体脂肪は20%を割るようになったが、体重は落ちない。
    でも「体は絞れてきたので、まあいいか」と軽く考えていたが、一昨年、忙しくトレーニングも大会も低調となったら、とうとう71キロになってしまった。

    そこで冒頭の「なかなか体重が落ちない」という話となる。
    落とす方法は「酒」と明快な因果関係がある。しかも年齢を重ねるとともに、酒を飲むと疲れるようになった。飲まない翌朝は目覚めがいい。それならやめろよ!!!と言いたいところがやめられない。でも、家ではできるだけ飲まないようにしようと、酒の買い置きはやめ、できるだけ飲まない日をつくる。
    でも、歳のせいか、なかなか落ちていかないのだ。
    体調好調な63キロにまで落とせば、トライアスロンも一段アップすると思う。
    長い前置きとなったが、これからが本題。週刊誌で次の一文に出会った。
    「加齢とともに痩せにくい、疲れやすいといった老化現象が現れるのは、成長ホルモンの減少も原因なのです。でも筋トレをすれば何歳のひとでも成長ホルモンの分泌量を増やせます」
    これかあ!!!と思った。もともとはウエイトトレーニングには関心がなかったのだが、最近は筋力の衰えが気になりはじめていた。特に下半身と体幹。でも体重低下に筋トレという発想はもっていなかった。
    ということで、筋トレ、やってみましょう。ただしジムでマシンというより、自宅で継続きるプログラムを考えよう。基本はこれまでもやっていたストレッチに筋トレを加える。 朝夜10分ずつをできるだけ毎日。加えて週2回は1時間はいきたいなあ。まずこれで手ごたえを感じるところまで、手探りでいってみよう。
    ダイエット 昨日も今日も 豆腐鍋

    朝食は食パン1枚に温泉卵、牛乳。昼食は外食が半分ぐらいで、写真は昨日の昼食。茅ヶ崎の「おかむら」というお店で、もちろんおいしかったです。
    そして夜は意識して鍋。豆腐に鶏肉、鱈、白菜が定番。何もないときは白菜に、なんとソーセージをぶちこみポン酢で食す。高血圧にもいいメニューと思っている。

  • ロンドンオリンピックの開会式。オリンピックはいいなあ、の感想。

    ロンドンオリンピックが始まった。昨日は6:30からATAのランのトレーニングなので4:30に起床し、出かける準備をしながら、落ち着かない状態で、6:10までテレビで開会式を見て、トレーニングに出かける。
    トレーニングは6:30から8:00までのラン、8:30から1時間のスイム。そのあと10:00から12:00まで、バイクの自主錬にでかけた。昨日ははムッとする空気とからみつくような陽射し。まさにうだるような天気で息苦しいほどだ。ちょっと動くだけで全身から汗が噴き出す。眠りが浅く、体調不調で、ランのトレーニングの苦しいこと。続くスイムでは両方の足がつりそうでおっかなビックリ。最後のバイクはさすがに消耗して約25キロ程度、足慣らし程度でいっぱいいっぱいとなった。
    帰宅して冷凍チャーハンとビール。14時から改めてBSで開会式を最後まで見る。しみじみと「オリンピックはいいなあ」という思いに浸った。もともとスポーツ観戦が好きで、オリンピックフアンであるが、今日は開会式で競技ではない。イベントを商いとする人間として大いに興味をもって開会式をみたが、演出に胸打たれたのかといえばそうでもない。むしろやや冗長な印象が強い。いかにも映画監督らしく、ストーリー性と細かなカットを積み上げるモンタージュ的な手法が目についたが、それがためか線の細い感じがあり、ストレートなインスピレーションに物足りなさを覚えた。
    では何がそんなによかったのか。それは開会式全体で示された「肯定的な感情」であることにテレビを見ながら気がついた。人間の努力、対戦相手への敬意、明日へと向かっていこうとする意志などが、「肯定的な感情」をもって語られ、世界から集まった人たちに祝祭という形で共有される。これが気持ちよい。生きることをたたえる幸せな満足感が自然と湧き上がってくる。
    大会委員長のセバスチャン・コーの歓迎の挨拶には、そうした明日へ向けた「肯定的な意志」にあふれており、胸にしみた。演出についても「イギリス人とは何か」を世界に示す「肯定的な意志」に貫かれていたことに好感をもった。ここには愛着をもって時を振り返り、多くの困難を受け止めて静かに前を向く大人の態度があった。これがイギリスというものなのだろうか。であれば、この国は衰えたとはいえ、強いよなあ。
    言い換えれば、いま私たちの社会にはなんと多くの「否定的な感情」が渦巻いていることか。皮肉、冷笑、嫉妬、恨み、訳知りの下品な解説と幼稚な自慢、自己主張。
    ちょっとネットをのぞいてみよう。多くの掲示板やブログでは怨嗟の声が満ち溢れている。
    今回のオリンピックが、ロンドンにとって、イギリスにとって、世界にとって、日本にとってどのような意味をもつのか。というよりも、私たちはそこにどのような意味を見出すのか。
    ギリシャの経済破綻の大きな原因の一つはオリンピックであったという。今回のオリンピックでも、ロンドン東部の経済開発の意義が説かれる一方、このオリンピックは多くの社会的課題を覆い隠すものであるとの批判も目にする。
    しかし、私たちはこのオリンピックを「肯定的な感情」をもって見つめるのか、「否定的な感情」をもってみつめるのか。選手たちの笑顔をみて自らの勇気とするのか、嫉妬と怨嗟を沸き立たせるのか。あるいはこれをスポーツの世界のお伽噺として訳知りな批判を加えるのか。
    それは私たちの社会をどのような感情と意志をもってみるのかということにつながっていく。私たちはこの社会から逃れることはできず、問題のない社会があるはずもないのだから。
    この夏は オリンピックに 酔いしれて
    夏最中 噴出す汗を 散らして走る
    オリンピックに出場する選手たちが、自らのやるべきことを最大限の努力をもって成し遂げたこと、会場の建設から運営警備にいたるまで、多くの人々が自らの業務に取組みこの世界の祭典を創りあげてきたこと。それらを「肯定的な感情」をもって受け止め、それをたたえ、楽しみ、私の明日への力としたい。オリンピックには力がある。

  • どうする、夏のトレーニング。

    梅雨が明けて、本格的な夏が始まった。今年の梅雨は九州地方への大雨からという印象が強いが、関東地方でも、しとしとと雨が降ったという記憶はなく、大雨や強風などの荒れた日が続き、この前の日曜日からいきなりの酷暑到来となった。
    ハンドタオル1枚では足りないほどの汗をかく。これはいいことなのか、悪いのか。
    トライアスロンについては、6月24日幕張のスプリント大会からスタートし、7月1日は富士スピードウエイでのエンデューロ、8日の館山トライアスロン、15日の保田でのオープンスイム練習と大会と練習が続いた。
    幕張、館山の二つの大会ともスイムで大きなつまづきはなく、無事完走できた。右のハムストリングスの痛み、さらに15日の海錬では右側の腰を痛めるといった故障はあるが、まあ、スムーズなシーズンのスタートと納得している。
    大会での成績もさることながら、実は身体がしまった感じがしていること、歩く速度が速くなっていることが気持ちよい。この酷暑に負けることなく立ち向かっている気分でいる。あちこちと痛みはあるものの、きっと体調がいいのであろう。
    振り返ってみると、冬のシーズンオフのトレーニングがよかったように思っている。昨年のオフは足底腱膜炎の痛みでランの練習がほとんどできないばかりか、歩くのにも不自由となり、ママチャリを買ってしのいだほど。しかし今年は2つのハーフ大会、ひとつのフルマラソンに参加し、ランの自主錬にも積極的に取り組んだ。昨年のオフは70キロを越えた体重も、なんとか66キロ代に落ちている。やはり走ることはすべての基本だと思う。
    それに加えてパーソナルトレーナーについての身体のケアとスイムのレッスン。このおかげであまり迷うことなく歩くことができたように思う。
    さて、夏到来のなかでのトレーニングをどのように組み立てるかを今日のテーマとする。なんて書いてみて、そうした課題意識をもってシーズンに向かっていること自体が初めてであることに気がつく。そうなんだよなあ。これまでは、スイムを何とかしたい、ランを速くしたい、バイクに慣れたいなど、むやみに「したい、したい」と思っていただけで、トレーニングも場当たりであったよなあ。
    そこで、いま思っていることは、夏に負けないトレーニング。無理をしない、疲れを残さない、仕事に差し障らない、気持ちよくトレーニングに向かうことのできるトレーニングのありかただ。
    具体的には第一に日差しを避けること。ランは夕方以降にする。あるいはTIPNESSでのインドアトレーニングを効果的に行う。
    バイクについてはTIPNESSにスピニングホイールが装備されたので、これを効果的に活用する。
    トレーニングのポイントは「加速するフォーム」。なんて書くとカッコがいいようだが、実際のところ、もう走ってもこいでも泳いでも全力疾走などはできない身体となっており、どの大会、練習でも順位はほぼビリ。それはどうあがいても受け入れるしか仕方はなく、その状態にあっても少しでも速く、ということは気持ちよく走り、こぎ、泳ぐフォームを意識したトレーニングとする。幸いなことに、最近はどのようなフォームであれば自然と加速ができるのかが、3種目ともわかりかかっている。この楽しみだね。
    特にランはつま先着地と腕振りの感覚を自分なりにつかみかかっている。嫌いなバイクもようやくペダリングの入り口に入り、重心をサドルに置く意味がわかってきた。スイムは肘の高さだよなあ、などど一人納得をしている。
    よってこの夏のトレーニングは長い時間ではない。たとえば40分のスイム、30分のバイク、30分のランをテキパキとこなすイメージだ。
    となると、こんな感じの1週間かな。
    土曜日 スクールのトレーニングを午前いっぱい
    日曜日 40分スイム、30分バイク、30分ランのインドア自主錬
    月曜日 お休み(入念ストレッチング)
    火曜日 20分バイク、30分ランのインドア自主錬とスクールのスイム錬1時間
    水曜日 夕暮れ~夜の1時間ラン自主錬
    木曜日 40分スイム、30分バイク、30分ランのインドア自主錬
    金曜日 土曜日に向けた1時間のスイム自主錬
    問題は水曜日だな。週に1回は自主錬で1時間ランをしたいと思っている。これは楽しみでもある。楽しみであるから外で走りたい。しかし、水曜はどうしても飲み会が多くなる。火曜日の夜が遅いので水曜の早朝ランは負担が大きい。
    となると、1時間ランは月曜、水曜を休みとするか、などど自問自答のなかで、夏に向かおうとしている。
    帰宅後の 水のシャワーの 心地よさ
    ほてってる 肌身を水が いたわって
    体重をなんとかアンダー65で安定させたい。なんとか自然にそこまでもっていきたい。そうなったらとても気持ちよいのではなかろうかと期待をしている。
    問題はビールかな。
    翌朝に読み直してみると、この1週間のメニューはちょっときつそう。30分のスイム、15分のバイクに15分のランぐらいだろうなあ。基本は疲れないを前提にマメにテキパキとこなすこと。

  • いよいよシーズンイン。今年は3シーズン目。落ち着いていきたい。

    右足のハムストリングスの調子が依然としてよろしくないのだ。ランというのはトレーニングの基本で、ランの土台があってスイムもバイクも成り立っているという感覚がある。
    昨年のシーズンオフは足底腱膜炎でほぼまったく走れなかったので、今年は意気込んで初マラソンにも挑戦、ハーフは3つのレースに出て、大いにランを楽しんでいただけに残念。
    それでも日一日と、薄皮を一枚一枚剥がすように回復に向かっている感触はあり、昨日は素晴らしい天気にいてもたってもいられない気持ちとなって、家の前の江戸川沿いのウォーキングに出かけてみた。違和感という以上の軽い痛みを感じながらの45分であったが、たまっていたストレス解消となった。
    そして今日はスイム約2000メートル~トレッドミル15分ウォーク~スピニングバイク20分の自主錬。短時間でも3種目のトレーニングをこなすのは気持ちがよい。スピニングバイクではいつものように汗だくとなり、全身に血が巡った快感のなかでトレーニングを終えた。
    今日、20日日曜はホノルルトライアスロン。一昨年は初のレース参加で、苦い思いをして、昨年はなんとかリベンジを期したのだが、これもかなわず。今年は3回目の正直という気持ちもあったが、昨年より世の中も仕事も変動的で、長い休みは危ないという予感が働いて、早々に見送った。結果としてはこの金土日月と、緊張感をもってしっかりと仕事に向かっている。行っていられる状況ではなかった。
    また、今シーズンは6月2日の天草からシーズンをスタートする予定なのだが、この足の調子から、気持ちは見送りに傾いている。岩田コーチから「神の手」と異名をもつ針灸院を紹介されており、それで劇的に回復することも考えられるが、それでもトレーニング不足は否めない。せっかく天草まででかけるのなら、気持ちよくでかけたいという気持ちが強い。
    それで6月24日の幕張のスプリントに申し込んだ。おそらくこれがシーズンのスタートとなるだろう。
    その後は7月8日の館山、8月19日の沼津駅伝、9月30日横浜、そして10月の伊是名でシーズン終了の予定。あとは様子をみて昭和記念公園や八景島のスプリントを考えるといったところか。
    今年は3年目のシーズンである。だいぶレースにも慣れてきた。トレーニングの自己管理もなじんできた。自分の力のなさもハッキリと自覚できているが、この年齢でもまだ伸びるだろうという感覚もある。だから、自分なりに納得して、落ち着いた気持ちと体調をもってレースに臨みたいと思う気持ちがとても強くなっている。仕事であれ体調であれ、何か不安があれば見送ることにやぶさかではない。それが気持ちよく楽しむ方法、あるいは長くトライアスロンと付き合う方法と思うのだ。
    足の痛みも回復の方向に入ったことを感じている。改めてここから体を絞りなおし、まずはスプリントでレースになれて、館山をターゲットにしようかと思っている。
    横浜は私としてはハードルが高い大会と考えているが、思い出の詰まった故郷でのレースである。
    私の通った高校は卒業式の日の夜、ニューグランドホテルで晩餐会を開く伝統があった。制服からスーツに着替え、フルコースをいただく。大人へのスタートである。そこで男女1名ずつの生徒が代表してスピーチを行うのであるが、学校からのご指名で、なぜか男のスピーチは私となった。成績は学年で50番ぐらい、取り立てて私が代表となる理由は何もない。担当教師になぜ私なのかを質問したが、明快な説明はなかった。ちなみに女子のほうは牧師の娘さんで、これはミッションスクールとしての妥当な判断だろう。いま思えば、多分「手頃」であったのではないか。勉強もそこそこ。一応インターハイも出場、そのうえ声が大きい。友達も少なくない。浪人はしていない。何も一番はないが、手頃であるところが買われたのではないか。いまだ落ち着かない、不思議な思い出である。
    そのニューグランドホテルの前を走るのだ。レースコースは思い出のデートコースだ。「出ないわけにはいかないだろう」と思わず一人勝手に意気込んでしまう。
    横浜ではスイムのタイムオーバーが不安であるが、なんとか館山で手ごたえをつかんで向かいたいと思っている。それで伊是名を完走できれば、3年目としての十分な手ごたえを得たシーズンとなるだろう。
    全身で 風に包まれる 五月かな
    五月晴れ 身体の芯が 動き出す
    ホノルルに行かれている皆さんの健闘を祈るばかり。