カテゴリー: トライアスロン

  • 近事断片。こんなことをしたり、考えたり。

    近事断片。こんなことをしたり、考えたり。

      先日、ほぼ同年代の仕事仲間4日人と飲む機会をもった。うち一人は食道がんの治療中で、だいぶ回復はしてきたが、まだ声がよく出ない。つい先日にボヘミアンラプソディーを見て大いに感動したとのことで、不自由とはいえ、熱を帯びた語りで、その元気な姿に安堵した。

    もう一人は今年の1月にすい臓がんを発症して治療中。自から「すい臓がんは5年生存率が7%」と解説し「グループ生前葬」をやりたいそうだ。「グループ生前葬」というのは、まあ、仲間と一緒に集まっての生前葬で、にぎやかでいいではないか、という趣旨だろう。私も今年春の「初期大腸がん手術」の体験を披歴して、話題に加わった。
    この年齢になると、「がん」が飲み屋での共通話題となる。
    けがの回復が思わしくない。木更津トライアスロンで落車して痛めた肩と肘だ。肩は動かす拍子に痛む。どのように動かせばどのように痛いのかがよくわからないのだが、痛む。いろいろと動かしながら痛む部分を探していくと、ヒビとは違う部分であったりする。なんとも難しい。肘は肩よりは簡単で、肘をつくと痛む。ともにいまだに傷あとが大きく赤く残っている。この傷あとがなくなったときに、痛みも消えてくれるのか。さて、どうだろう。
    その時はその時として、この痛みとどのように付き合っていくのか。
    この年齢になると、身体に何らかの痛みを抱えている人は少なくないだろう。肩、腰、膝など、多くの広告が出ている。しかし、この痛みは老化によるものではなく、けがによるものだ。それがためか、比較的明るい気分でけがを見つめている。明るいというのは、基本的には回復基調であり、いずれは完治すると思って疑わないからだ。回復の軌跡を楽しく見つめていくような気分さえある。

    このところ天気がよい。秋晴れが気持ちよい。そんな天気にも誘われて、朝ランを続けている。毎日というわけにはいかないが、なんとか週に2回ぐらいは確保している。
    そこで少しずつわかってきたのは「朝ランを日常とする生活の心地よさ」。走ることで両足と身体に刺激を与え、毛穴を開き、シャワーで汗を流して一日を始めるのは気持ちいい。走るために毎日のスケジュールや暮らしの管理も厳格になって気分もしゃっきりする。「明日の朝には気持ちよく走りたいので酒は抑える」のだ。
    秋の空 なにはなくとも 走り出し
    歳をとると心身とともに周囲の環境も変化していく。何を楽しみにして、毎日をどのように過ごすか。誰と会って何の話をするのか。意識して取り組むようになる。
    若いうちは「今日は何をしようか」という自問はあっても「毎日をどのように過ごしていこうか」などとは考えなかった。しかし、いま「毎日の過ごし方」こそが大きなテーマになっている。
    そこでいきなりであるが、トライアスロンを続けていきたいと思う。
    トライアスロンは「毎日の過ごし方」の軸となっている。
    トライアストンが朝ランに向かわせ、朝ランが毎日の時間割をつくりだし、毎日の時間割を考えることが緊張を生み出し、その緊張こそが、例えば「今日読んでおきたい本」へと気持ちを向かわせることになる。ぽつぽつと読んでいるアンナカレーニナが面白くなってきた。その面白さについてはいずれまとめてみたい。
    写真は快晴をバックにした東京タワー。気持ちのよい写真が撮れた。

  • ランもスイムも少しずつ回復しているようで。練習が楽しくなってきた。

    ランもスイムも少しずつ回復しているようで。練習が楽しくなってきた。

    前回のブログでランの衰えを書いた。感覚としてキロ1分の衰えで、以前のキロ7分の感覚で走ると、現実はキロ8分、キロ6分がキロ7分ということなのだ。果たしてこれは加齢によるものなのか、あるは練習不足なのか。何を言っているのか。両方じゃないか。と言ってしまうと話がそこで終わってしまうので、話を先に進める。
    そんな状態のなか、今日のランのトレーニングでは、3キロをキロ6分15秒のペースで。そのあとの1キロのタイムトライアルは5分37秒で走ることができた。キロ1分の衰えがだいぶ回復して、キロ30秒ほどの衰えになったかと思う。
    今日、よかったのは、安定したフォームで3キロを走れたこと。寄る年波から早いリズムのピッチ走法を心がけているのだが、2500あたりでもしっかりと走ることができて、「いけるぞ」の気分となった。走ったあとの余力もあった。
    この手ごたえなら、練習を重ねればキロ15秒はあげられるだろう。タイムレースについてはどうかなあ。これは5分を目指したいのだが、そんな無謀な目標にも、今日は「やってみようか」の気分となった。

    ランに先立つスイムでは、100メートルを2分15秒程度でこなすことができた。こちらも「もう少しいけるよな」といった手応えを感じた。ポイントは体のポジション。前のめりに水にもぐっていく感覚を持続すること。25メートルまではついていける。でも25でターンをすると、どんどんと引き離されていく。一つには手を回すスピードが遅くなる。そこで頑張って回すと力が入って腰が沈んていく。そういうことなんだよな。わかっているのになかなかできない。
    しかし、スイムも「やってみよう」の気分である。
    ということで、ランもスイムも手応えを感じた今日の練習であった。
    そこで思うことは、日々続けてトレーニングをする大切さ。
    毎日「動いている」という感覚を身体に刻むこと。

    仕事が忙しいとなかなか練習の時間がとれない。でも、仕事があまりに忙しいので練習をするということがある。練習は仕事の疲れやストレスを癒してくれる。よってあまりに忙しくなると、練習で癒さないとやっていけなくなる。その感覚がわかってきた。
    これまでであれば、仕事の癒し、気分転換は酒であった。それが練習になってきているということなのだ。練習をしている日々を、その時間を、その肉体の反応を楽しむ。そんな気分となっている。
    前回は衰えの原因は加齢と書いた。それは間違えないのだが、加齢の衰えも、練習によってカバーできることがあるのだ。それを実感している。
    天高く その空に向かい 走り出す
    肩のヒビ、肘の打撲がまだ治らない。長くかかるものだ。
    こうして全身の細部を意識する。
    今日練習後の体重が69.5キロであった。70キロを割っている。いいぞ。
    今日は写真はなし。

  • ランの衰えを実感。衰えはキロ1分。回復できるかなあ。

    ランの衰えを実感。衰えはキロ1分。回復できるかなあ。

     トライアスロンのトレーニングを始めたころ。大井町に住んでいた。大井海浜公園に1周1キロのコースがあって、初めて10周10キロを走った。トライアスロンをやるからには10キロは走れないといけないが、10キロなんて走ったこともない。「まあ、いけるまでいってみよう」と走り出した。「ユックリ、ユックリ」と言いきかせ、10キロを気持ちよく走り、時計を見るとちょうど1時間20分であった。「ユックリ、ユックリ」がキロ8分のペースであったわけだ。大いに満足した。

    ATAでのランでのトレーニングで、キロ7分のペースについていなかったことを覚えている。
    これまで、マラソンの自己ベストは4時間48分であった。換算するとキロ6分50秒を切るぐらいだ。随分と上達したわけだ。
    1年前は、何も考えずに普通に走るとキロ7分。身体が温まって調子が出て、ちょっと意識をあげるとキロ6分。頑張るとキロ5分に迫るところまできて、なんとかキロ5分を切れないか、などど考えていた。
    それがいまはどうなっているか。
    何も考えず普通に走るとキロ8分に落ちてしまった。キロ7分で走るには以前のキロ6分の意識が必要になる。
    そして今日、1キロのインターバルトレーニングがあった。
    1本目は5分50秒。500メートルで息がきれて後半はどんどんペースが落ちていった。2本目は6分、3本目は6分10秒となった。
    走る力が衰えている。
    身体の実感としては、キロ7分が8分に、6分が7分に、5分が6分に、1分ほどの衰えである。
    つい先日の5キロの自主練はキロ7分34秒であった。実はちょっと頑張ってこの時間である。

    さて、ここで思う。
    この1分の衰えは回復できるのか。あるいは1分をこえてさらにアップすることは可能なのか。
    1年前は走りのペースを自分でコントロールできていた。キロ7分と思えば7分、6分と思えば6分で、ほぼ正確に走ることができた。いまはその体内時計が狂っているようだ。

    秋晴れだ 青空みつめ 走りだせ
    レースで時間を目標にすることはない。意識するのは呼吸であり、いつも安定した体調で走る続けることだけを考えている。
    しかし、それだけではどんどんとタイムが落ちてく事態になった。恥ずかしながら、この年齢になっても「まだ伸びしろがある」と思いながらやってきた。それはトレーニングに向かう意欲の原泉であった。
    でも、ちょっと考えを変えなくてはいかないかなあ。
    そうは思うものの、正直、どのように変えていくかがわからない。
    例えば、加齢で一段階段を落ちた感覚があるが、トレーニングは一段ギアをあげてみる。
    できるかな。できないかな。
    それはやってみないとわからない。
    いずれにしろ楽しくないことはしない。
    それが基本。
    写真は我が家のドアを開けて見る今日の青空。
    今日は長袖のウエアで走った。
    秋到来。また楽しからずや。

  • 怪我の回復は3か月。それは新陳代謝の期間。

    怪我の回復は3か月。それは新陳代謝の期間。

    今日は木更津トライアスロンで負った怪我について。
    負ったのは8月26日。右肩のヒビ、肩・肘・膝の擦過傷。
    それから約2か月半が経過。
    擦過傷については、ようやく絆創膏が取れたが、ちょっとした痛みが残っている。
    かさぶたが残り、傷跡も目立つ。
    肩のヒビについては、全治1か月とのことであったが、いまだ痛みが残る。
    スイムができるまで回復したものの、ひょっとした拍子に痛みが走る。
    怪我の当初は、ヒビのほうがはるかに重症であり、擦過傷は早々に治っていくものと思っていたのだが、ここまできて感じるのは「骨のヒビも擦過傷も回復は同じペース」ということ。医学的にはどうなのかは分からないが、「人の身体というものはこのようにしてできているのだ」という実感を得ている。
    その実感からすると、あと2週間、怪我後2カ月で基本的に回復するものの、まだ痛みの感覚は残り、3か月で完治となるのではないかと思っている。
    人の細胞は、骨も含めて、3か月で入れ替わるという。
    これを新陳代謝というのだそうだ。
    なるほどなあ。

    思い出すと、右足の肉離れも、まあ3か月というのは回復の目安であった。ただし、痛みは残り、完治を実感するには6カ月の月日がかかった。3か月の2クールだ。
    トライアスロンには、怪我や痛みはつきものというが「怪我の回復相場は3か月」とうのは、私の経験知識。覚えておこう。
    となると、今回の怪我の私の回復は11月の末とななるようだ。
    いま、回復基調にあるなか、ちょっとしたリハビリ気分で、朝ラン、マシーン、スイム、ストレッチに向かっている。回復を目標にした緊張感を楽しんでいる。
    さて、11月の末にはどんな心身の状態になっているのだろう。
    冷え込んで 肌をさすって 走り出す
    肉離れから骨折(ヒビ)までのこの1年。肉体的には老化を実感した1年であった。その1年の間に10回近くもベトナムに行くことになるとは思ってもいなかったなあ。身体も仕事も転機であったということなのだろう。
    では心のほうはどうだろう。
    唐突だが、いま、トルストイのアンナカレーニナを読みだしている。以前から、読み逃していた古典とされる長編小説を読みたくなっていた。トーマス・マン、フォークナー、ディケンズなど。これらの人々はいったいどんなことを考えていたのか、そこに関心がある。
    トルストイの関心は何だったのか。なぜこれを書きたかったのか。そんな気持ちでアンナカレーニナを読んでいる。描かれているのは恋愛の感情、あるいは恋愛をめぐる人々の思いである。小林秀雄は「トルストイだけを読み給え」と言っていたなあ、ボバリー夫人も命をかけた迫真の恋愛小説であったなあ、などと思い出しながら、ポツポツとページをめくっている。
    恋愛に限らず、図らずも何かに心奪われて生きることなどを、とりとめもなく思いめぐらせている。
    今回は写真はなし。

  • 身体づくりの生活習慣は朝食前のスロージョグ。

    身体づくりの生活習慣は朝食前のスロージョグ。

     朝起床して、食事前に走ることを始めている。この10日間でまだ4回。初回は1キロ、次いで2キロと距離をのばして今日は3キロ。ペースは初回はキロ10分20秒でスタートして9分30秒で終了。今日はキロ9分30秒でスタートして7分ペースで終了。それからキロ4分程度の流しを2本。回ごとにペースは自然とあがっていく。

    目覚めて朝食前に走る習慣をもつ。これはトライアスロンを始めた当初から抱いていたたイメージなのだが、そこに踏み出すことはなかった。積極的に踏み出す意欲はなかった。それをいま、身につけていきたいと思っている。

    67歳となり、体力が一段落ちた。そのタイミングで昨年10月末の右足肉離れ、この8月のバイク落車による右肩のヒビと、私としては人生初の大怪我が続き、「67歳からの身体づくり」に向かいたいという思いを更新させてきた。これが基盤。
    そのうえで直接的なきっかけとなったのが「ランニングをする前に読む本」だ。
    ランニングに関する本は多く、これまでも数冊を買っているが、この本を買った理由は、著者が運動生理学の専門家・医学博士であり、「スロージョギング」を提唱し、アスリートから市民ランナーまでの指導にあたり、多くのデータをもち、自らも実践しているところにある。「医学的知見をバックボーンとした科学的実践書」なのだ。

    この本で私が刺激を受けた新発見は・・・
    ・朝食前に毎日走るのが身体にいい。
    ・時間は5分でもいい。
    ・走る時間は一日のなかで小刻みにとっていい。
    ・室内でもかまわない。
    ・スロージョグは筋肉トーニンとしても有効である。
    このうち「室内でもかまわない」について私なりの解説を加えてみる。
    自分なりの身体づくりを試行錯誤していくなかで「その場駆け足、その場ジャンプ」が有効ではないかとの手ごたえを得ていた。ようは縄跳びである。そこで家のなかで「エア縄跳び」をしてみると、血の巡り、足腰の筋肉・関節・体幹への刺激、ランニングフォームへの自覚という点で「これはいい」と思うようになった。イメージはモハメドアリだが、実際のところは年寄り向きで、「加齢による足腰の衰え」に有効と思えた。
    その手ごたえから、スロージョグは「走るエア縄跳び」として消化することができ、「よし行ってみるか」となった。

    思うところ、トレーニング・身体づくりは「生活習慣」づくりにほかならず、それを「生活習慣」として身につけるということは、私にとっては「プランをたてて取り組む」のではなく、日々の暮らしのなかで「その気になる」ように自分をもっていくことである。
    「その気にならない」日は無理せず見送り、「その気になる」日を増やしていく。
    「その気になる」ために仕事、睡眠、家事、お酒、もろもろ、大げさに言えば「毎日のすべて」を総動員して「その気になる」方法を探し出していく。
    その方法がだいぶ溜まってきたところで、「ランニングをする前に読む本」に出会ったということなのだろう。本は意志・意欲をかきたててくれるが、その前に、意志・意欲が本を発見させるのだと思う。

    始めてみて、いい感じをつかんでいる。ポイントはフォーム。腰を立て、体幹を意識して、リズミカルに、顎を少しあげ、すれ違う人には薄気味悪いかもとは思うが、軽い笑顔で遠くの空を眺める。すると風が心地よい。今日は何キロ走るかなど思わず、江戸川沿いの1キロを往復する。これは距離がハッキリしており、いつでもやめられるのがいい。遠くまで走っていったら帰って来なくてはならないではないか。それが毎日では気が重い。長距離ランは週末の楽しみとする。
    ささやかなプラスを重ね、気になるマイナス要因をできだけさけ、それをこうして書き出して暮らしに定着させる。気持ちよい毎日をつくる。
    走る足音 頬に秋風 血のめぐり
    着替えをして、走り、家に戻って軽いストレッチ。ウエアを洗濯機にかけ、シャワーを浴び、朝食に向かうまでには1時間近くかかる。食事はフルグラとゆで卵。血圧・食道炎・鼻炎の薬合計4錠を飲み、歯磨きを20分と排便。起床後、約2時間半で仕事に向かう。
    このためにわざわざ早起きしようとは思わない。成りゆきでやっていける方法を探している。
    写真は最近買ったガーミン。ちょっとピンボケだなあ。
    このガーミンも走る意欲をかきたててくれるのだ。

  • バイク事故から1か月。だいぶ回復しました。

    バイク事故から1か月。だいぶ回復しました。

     肩のMRI診断では全治1か月とのことだった。確かに動かし方によって痛みはあるが、肩は回るようになった。そこで、今日は事故以来初めてプールにでかけた。

    果たして泳げるのか。腕を回せるのか。
    泳いでみると、ゴリゴリ感はあるものの、腕は回る。軽く8往復400メートルほど泳いでみた。久しぶりでとても新鮮な感覚があった。肩に負担をかけないように、力を抜いてピッチを上げて泳いでみると、これがいい感じだった。いままではフォームを大きく大きくと考えて、ややもするとピッチは後回しであったのだが、軽い感じでピッチを上げると、リズムが出てきて楽しんだ。
    昨日、一昨日と食事前の朝ランにでかけた。スロージョグで2キロ。出だしはキロ10分をこえるペースで、最後は8分ぐらいになる。そしてキロ5分程度の「流し」を加えて終わる。「流し」も含めて、意識しているのが楽にピッチをあげること。歩幅を考えずに、その場駆け足の感覚でピッチをあげる。つまり楽な感覚でスピードをあげる。
    楽にピッチをあげる。楽な感覚でスピードをあげる。加齢への対処としてはいいかもしれない。これでいってみるか。
    先週、今週と2周続けて土・日・月の3連休であった。ようやく夏休みをとった気分となり、落車でのショックもだいぶ癒された。
    先週の週末は16日(日)が九十九里トライアスロンで、今回は応援となった。トライアスロンをはじめて、まったくの応援となったのは、初の体験であったが、これはこれで得ることも少なくなかった。
    そこで思ったのは「なかなか大変なスポーツだなあ」ということ。私の同じ年の友人、佐藤さんはバイクで落車して、私とは反対の左側に倒れてDNFとなった。幸いに骨折はなかったようだが、擦過傷がひどい。やはり危険がつきまとう。
    最後のランは海岸沿いを走ってのFINISHとなるのだが、多くは見るからに疲労困憊。自分が走っているときは、周囲のことなど考えることもなかったが、今更ながらに「みんな大変なんだ」という至極当たり前の姿を目のあたりにして「俺もよくやっている」と自賛した。
    レースではいつも最後尾で、完走の達成感はあっても、ややコンプレックスを感じるところもあったのだが、「俺もよくやっている」と素朴に思えるようになった。
    軽いピッチで息長くやっていこう。

    日を終えて 心なだめて 月眺む
    この週末は3連休で、思い立って部屋の片づけをしたのだが、腰に痛みが出てしまった。こちらが治れば新たな課題。なんだかなあ。気が滅入るので、散髪に行って気分をスッキリさせた。
    今日は満月。写真は我が家のベランダからの眺め。FBとかぶりました。
    明日はペインクリニックに行って麻酔を打ってもらおう。

  • 肩の骨にヒビが入って思うこと。

    肩の骨にヒビが入って思うこと。

     肩は痛むが、足は大丈夫なんだから、走るとこまではいかなくとも、歩きに出て、様子をみてスロージョグとも思うのだが、なかなか身体が動かない。やはり全身の健康がなくては動く意欲は生まれないのか。

    気が付くと、腰も少し傷んでおり、足がつり気味の状態にある。
    昨夜、一昨夜と長時間睡眠をとった。11時前には床につき、翌朝5時には目覚めるのだが、二度寝に入り、起きるのは8時ぐらいになる。
    身体が睡眠を欲しているのだろうか。そこま大きなダメージを受けていたのだろうか。
    あと1週間以内に開催される九十九里トライアスロンは、もうほとんどあきらめている。
    「ほとんど」というのは、その日になって肩が回るのであれば出てみようか、の思いが残っている。
    しかし木更津大会以降はまったく身体を動かしていない。
    どこかお休み気分で、夜は酒に走っている。
    これはこれで気分のいいものだが、それもそろそろ飽きてきたか。
    身体の「動き出せ」というシグナルを、じっと待っている。
    今日は珍しく終日自宅作業で、夕方に軽いスロージョグにトライ。
    1.62キロを16.09分。スピードはキロ10分の超スローペース。
    右肩が痛むので、腕は振れない。
    リズム、リズムと言い聞かせて、気持ちよく走った。
    これをスタートにできるか。
    絆創膏を貼り変えた。
    擦り傷はだいぶ回復している。こんな大きな傷を負ったのも初めてだが、肉体の再生能力に驚かされる。
    ただし、肩の痛みはまだまだかかりそうだ。
    もう少し痛みが和らいだらリハビリを開始しよう。
    自己管理はスポーツの大きな楽しみであるが、けがの回復も「肉体の自己管理」であることを実感している。
    今日から気温も風も秋の到来を感じさせる。
    あんなに暑かった夏も、ある日に秋のスイッチが入る。
    当たり前のことなのだが、この変化を実感するのも生きていることの楽しみだ。
    秋風に 背中おされて スロージョグ
    今回の事故を、自分を見直す契機にしたいと思う。
    改めて、気持ちのよい身体づくりを考えたい。
    私が考えるところ、身体づくりとは毎日の生活習慣であろう。
    つまりこれは、事故を契機に、生活習慣を見直そうということなのだ。
    具体的には、身体づくりのために毎日1時間の時間をとる。
    まとめで1時間ではなく、20分×3ぐらいで考える。
    できるかなあ???
    写真は北京空港。4日・5日の1泊で北京に行って打合せを2本。
    タクシーの乗り降りに腕が痛んで難儀した。初めて地下鉄に乗った。
    それが多少の苦痛ではあれ、初体験には、心動かす何かがある。
    おもしろいなあ。

  • レースでバイク落車、DNF、肩の骨にヒビの顛末をご報告。

    レースでバイク落車、DNF、肩の骨にヒビの顛末をご報告。

     8月26日木更津トライアスロンのスプリントで、バイク落車をしてDNF。右肩にヒビが入り、9月16日の九十九里トライアスロンへの出場が危うくなってしまった。

    木更津トライアスロンはうだるような暑さだった。あまりの暑さに、バイクは3周が2周となり、ランは2周が1周になったほど。
    そのバイクの2周目。1周を終えてようやく調子がでてきた。無理なくペダルを回す感覚をつかみ、珍しく2人を追い越し、さあ、いいぞと思っていた。下を見て一心不乱にこいでいたら、いきなり視界がコンクリートから芝生になった。ようは前をちゃんとみないでコースアウトしたわけだ。おお、これはいけない。ちゃんとコースに戻ろうとそのまま走ったら、コンクリートと芝生の境の段差にタイヤをとられて、右に落車した。
    倒れる直前は、ああ、いけないんじゃないか、ああ、やっぱりだめだ、ほら、転んだ、という感覚でいまだに回転していく光景が目に焼き付いている。
    そのまましばらく仰向けで深呼吸。すぐに思ったのは鎖骨は折れていないか。ああ、大丈夫そうだ。次々とくるバイクが「大丈夫ですかあ」と声をかけてくれる。「大丈夫ですよお」と応えながら、起き上がろうとコンクリートに手をつくと、これが熱い熱い。まともに手がつけない。どうしたら立てるんだ???
    それでも何とか立ち上がり、傷を確かめると肩、ひじ、ひざに酷い擦り傷。でも骨折はなさそうだ。バイクを起こし、またがって走り出す。いけるかなあ、と思わないでもなかったが、あまりの痛みに棄権を申告。救急の場所を聞いて、バイクを押して歩きだす。
    救急では、若い女性が3人も熱中症で横になっていた。応急治療は消毒液を傷口にかけるだけ。あまりの痛さに叫び声があがる。このままにしておいてください、とはいうものの、傷はむき出しで風が吹いても痛いじゃないか。
    帰宅し、大型バンドエイドを6枚も貼って手当て。翌朝に目覚めると回復の感覚があり、ひと安心したが、気になって整形外科に行くと、レントゲンではわからないとのこと。数日後に検査クリニックでMRT検査、不完全骨折・ヒビが判明した。全治1カ月という。
    擦り傷は日々目に見えてよくなっていく。しかし肩の痛みはなかなか薄れない。基本回復基調であるが、2週間目の今日はまだまだ痛い。
    落ち着いて数えてみれば、九十九里は3週間後か。確かに、あと2週間はかかる感覚がある。参加を見送り、応援に回るか。
    レース中の事故、レース中の落車、骨のヒビ、いずれも初体験である。事故後数日は、いったん止まっておけばよかったのにと、後悔ばかりが頭をめぐり、なかなか受け入れられなかった。2週間たって、ようやくちゃんと直さなくてはと気分の切り替えができた。
    擦り傷を 陽に焼かれて かみしめる
    事故というのは、あぶない、あぶないと思いながら落ちていく感覚がある。あぶない、と思えばやめればいいのに。なぜ止まらない。なぜ咄嗟に全停止しないのだ。
    バイク事故の多くは前方不注意なんだ。スマホを見ながらで事故を起こして大事に至ったニュースもある。
    あまりに暑かったから、ボーっとしていたのかな。あぶないと思った際の反応が鈍かったかな。
    昨年の10月30日に大阪道頓堀で右足肉離れで回復を実感するのに半年近くかかった。そして今回の事故。今シーズンは事故に見舞われた。そうした年もあるのだろう。
    気分サッパリ、今年はあきらめて、改めてリセットしよう。
    今年は老化の階段を確かに一段降りた感覚があった。
    そのうえで、新しいからだづくりに励んでみよう。今年はトライアスロンを始めて9年目で67歳。この事故をこれからの9年に向かうキッカケにしたいと考えている。
    写真は木更津レースの会場。見晴らしがいいんだよ。

  • 苦手なことを覚える楽しみ。こちらはスイムのパーソナルコーチの麻生さん。

    苦手なことを覚える楽しみ。こちらはスイムのパーソナルコーチの麻生さん。

     58歳でトライアスロンを始めたとき、スイムもバイクもランも、なんの経験もなかった。競技に出たことも、誰かからコーチを受けたこともなかった。競技用のバイクは乗ったことすらなかった。時折ジョギングで汗を流すことはあったが、それも自宅の周囲だけで、誰かと一緒に走ることもなかった。

    3種目とも、一から学んできたわけだが、それから9年にして、思うことは、9年にしてようやくコツを身につけることが多々あるということ。この年齢にして、まだまだ上達というものを感じるところがあるのだ。
    このブログでも再三書いているが、スイムには苦労している。好きなのだが、うまくなれない。そこで、パーソナルレッスンを受けている。コーチはINFINITY SWIM SCHOOLの麻生 剛弘(アソウ ヨシヒロ)さん。
    私が通っているTIPNESSで個人レッスンを開いている。習い始めてもう数年になるのだが、ブランクの期間もあり、このところ、改めて、月に2回程度、マメにレッスンを受けるようになっている。毎回30分で3000円+消費税。

    ともかく泳ぐのが遅い。しかし我ながらおもしろいのは、バイクもランも遅いのだが、遅いことが気になることはない。でもスイムは遅いことに腹がたつのだ。もっと速くなりたいと心から思うのだ。我が身を顧みず、なんとか100メートルを2分ペースでスムーズに泳げるようになりたいのだ。
    そこで一念発起して、麻生コーチにお願いをしている。言い換えれば、それは何とか達成できるのではないかと、思っているわけなのだ。
    現在のところは、2分40秒もかかってしまう。昨日のスイム練習では50メートルで60秒だったが、これはハイペースでのタイム。それでも2分を目標に掲げて行けるところまで行ってみたいと思っている。
    それは、だんだんと上達していく手ごたえを感じているからだと思う。個人レッスンはわずか30分であるが、毎回テーマを設定して、ポイントの修正をおこなう。
    今日のテーマはストローク。特に入水の深さ、水中での手の動きを確認した。そうした積み重ねにより、徐々にではあるが、水中での身体の使い方を覚えていく。「手のひらに水の粘りを感じる」ための力の入れ方、肘の使い方、ローリングの感覚が一連の動きとなり、泳ぎのてごたえを感じる。スカーリングを練習する意味がようやくにわかった。

    ああこうなのか 泳ぎながらに 一人合点
    両手の指先から両足の指先まで、頭から腰の位置、バランスとリズム。スイムはまさに全身のスポーツで、学ぶことに尽きることはない。学び、身につけることに楽しみを見出している。
    写真はINFINITY SWIM SCHOOLのホームページに掲載されている麻生コーチの姿。侍スイマーとは知らなったなあ。驚き!!!
    みなさん、お勧めです。INFINITY SWIM SCHOOL。麻生 剛弘(アソウ ヨシヒロ)さんはとても素晴らしいコーチです。
    http://infinityswimschool.tokyo/revolution/

  • 58歳でも始められるから、67歳でも続けていけるに。

    58歳でも始められるから、67歳でも続けていけるに。

     7月25日にこんなメールがブログのサイト管理者から届いた。

    ブログを開設してから、もうすぐ9周年!!
    あと2日で9周年になります。
    この9年間にあなたのブログで生み出された訪問回数は・・・
    129,425件 になります。
    最初に書いた記事は “58歳トライアスロン始めるの記” でしたね
    http://tryathlon.at.webry.info/200907/article_1.html
    訪問回数の129,415を9で割ると14,380。毎年1万4千を越えるアクセスがあったとは。
    まず驚きであり、実に嬉しく、ただただ感謝です。
    このブログをきっかけの一つとしてトライアスロンを始めたという方もいらっしゃる。
    マラソンを始めた方もいらっしゃると聞いた。
    こうした話は特に嬉しい。始めるきっかけになったというのは書く者の最大の喜びだ。
    また、私のブログを読むことで、自分の3年後や5年後の参考にするという声もいただいた。
    このブログでは実用的で役に立つことを心掛けており、これもありがたい。
    58歳でも何かを始めることはできる。これはこのブログの基本的なメッセージである。私には定年はないが、定年を前に何かを始めてみようと思う方は多いであろう。このブログで、私の実体験を伝えることで、そうした方の背中をいささかなりとも押すことができれば嬉しいと思った。
    そして9年がたった。改めて、67歳でもまだまだ続けていけることができる、ということをメッセージとして伝えたいと思う。
    9年の間に多くのトラ仲間を得たが、いまはお休み状態の方も少なくない。仕事や結婚、出産などの大きな人生の転機がきっかけとなるケースが多いように思うが、例えばアイアンマンなど、大きな目標の達成を機に休止に入る方もいるようである。
    私の場合は、ともかく続けていくことを第一に考えており、振り返ればこの9年は仕事上の大きな転機であったのだが、それでも続けてこれたのは、やはり「生涯スポーツとして始めた」ことが大きいだろう。生涯スポーツということは、身体が動くうちは続けるということである。続けるということは、私の感覚では、少なくとも年に1回はレースに出る。週に1回程度はトレーニングをする生活を営むことである。そして大きな目標など設定しない。目標を持つから続けていけるという考えもあろうが、私は続けていけば、それなりに、自然と目標はできていくという考えだ。
    こうした、いわばお気楽な取組み姿勢が続けてこれた大きな理由になっているように思う。
    いまひとつはマイペース。レースに出れば、スイムもバイクもランも、どの種目もほぼ最下位である。トレーニングでも、いつも最後尾で、一人別メニュー。初心者も数か月たてば、みるみる私を追い越していく。なにをやっても、なかなかうまくはいかない。もっと若い年齢から始めていれば、もう少し上達できたかと、思わないでもないが、そんなこと言っても始まらない。これはけっこう精神的につらいんだ。
    だから、あきらめる。そういうと「あきらめちゃいけない」という声が四方八方から降りかかるのであるが、あきらめているから楽しむことができて続けていけることはあるのだ。そう思っている。

    嵐きて 雲の流れに 胸騒ぎ

    このところ、それこそ歳のせいか、すぐに息切れとなる。特にスイムでの息切れがひどくて意気消沈している。どうも70歳を前に、一段階段を降りた感覚を覚えており、今後トライアスロンを楽しむには、もう一段トレーニングに打ち込む必要があると感じている。具体的にはトレーニングの時間を増やすということになる。
    それはどのようにすれば可能であるか。もちろん仕事優先である。そのうえで、これは単に時間管理の問題ではなく、意識のコントロール、暮らしの習慣、さらには生きていく価値観そのものにかかわるものなのだ。
    まあ、やってみようと思っている。
    そんな「私のトライアスロン」をこれからも書いていきます。
    写真は嵐到来をニュースが告げる夕方の我が家からの光景。